外国人労働者に頼る前に

平成17年8月18日「読売新聞」都民版 連載17回目(最終回)


大都会でも車椅子(いす)を使うお年寄りの姿は珍しくなくなった。
近い将来、その車椅子の押し手に、フィリピンから来た看護師や介護士が加わるだろう。

日本はフィリピンとのFTA(自由貿易協定)で看護師、介護士の受け入れを決めた。
労働者の海外派遣を国策とするフィリピン政府の要請に、
医療・介護市場のコストダウン(安い労働力の確保)という観点から日本政府が応じた。

医療・福祉の現場の声が求めたわけではない。
いわば「勘定」の問題として処理された。

確かにフィリピンではGNP(国内総生産)の約1割を海外労働者からの送金が占める。

30万人ものフィリピン人看護師が中東や欧米で働いている。
しかし、フィリピン国内の乳児死亡率は日本の10倍。結核患者は60万人。
医療従事者の海外流出で、その医療環境は劣悪なまま放置されている。

貧しさから脱するはずの海外労働で、構造的な貧困が固定される。
目の前の患者を救えず、やむなく海を渡ってくる彼女たちを、日本の医療・福祉の現場はどう受けとめるだろうか。

ちょうど20年前、山形県朝日町が、自治体の事業として初めてフィリピン人花嫁集団を迎え入れた。
その後、公的機関による「アジア人花嫁」の「導入」は加速した。

農山村が抱える深刻な嫁不足に比べれば、
介護分野での人手不足が外国人頼みでなければ解決できない状況だとは思えない。

フィリピンから看護師を受け入れるより、むしろ新しい雇用の創出という意味でも、
まずは日本人の若者に、医療、介護、福祉に携わることの大切さ、やりがいをもっと真剣に伝えるべきだ。

両国は、互いの内情とは裏腹に、経済官僚の敷いたレールを併走している。
アジアの「稀有(けう)な旅人」として数々の名著を遺した故・鶴見良行さんがご存命であったなら、
「東京とマニラだけで大事なことを決めるな」と語り出すのではないか。
国の懐は、首都に集う官僚たちの価値観よりも、はるかに深いはずなのだから。

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