右脳と左脳

「月刊総合ケア」9月号

人間の脳は、「右脳」と「左脳」で役割分担をしているとの説があります。
右脳は、創造性や人間関係、喜怒哀楽といった感情をつかさどり、
左脳は計算、言葉、記憶などをになうといわれています。

「認知症(痴呆症)」は、左脳の記憶力が衰え、一分前、五分前に起きたことを忘れてしまい、
それがストレスとなって、生活上の困難を引き起こす病気です。
といっても、記憶力が弱まることだけが原因でストレスがたまるわけではありません。

そこに右脳がコントロールする感情がからんで大きなストレスとなるのです。

たとえば認知症の人は、机の上にあった財布を自分で動かしたにもかかわらず、
その記憶が欠けることがあります。
自分では机の上に財布があるものだと信じています。
だから財布が見当たらないと誰かが動かしたと思い込み、腹が立ち、盗まれた、となります。

つまり、左脳の記憶力は衰えても、右脳はしっかり働いており、怒りの感情が高まってストレスが生じるのです。
ものごとを考える力は弱まっても、感情は生きています。
だから、介護者が、頭ごなしに「○○してはダメ!」と接すると、認知症の人は心のなかにストレスをためます。
それが限界を超えると自分のウンチを手でこねる「弄便(ろうべん)」などにつながるのです。

ケアをする人は、相手の話がいくらトンチンカンに聞こえようと、
その人の喜怒哀楽の感情はしっかりしているということを、頭に入れて接しなくてはならないでしょう。

一説には、長年、左脳の理屈や計算の能力ばかり使い、右脳による創造性、
感性、感情、人間らしさといった側面を抑え込んで生きてきた人はボケやすいともいわれています。

友人の口の悪い介護専門家によれば「大学教師と裁判官が危ない」そうです。

どちらの職業も、何かしら一方的にものごとを決める立場で、相手から選ばれたり、
感情のキャッチボールを行ったりすることはありません。
一方的に、理屈と計算でまじめに、ひたすらまじめに決定を下しつづける生活を送ります。
そうして職務に忠実に、感情や感性を置き去りにしてきた人が、いざ退職し、
仕事というツッカイ棒がはずれると、急に記憶や判断に衰えをみせるケースがあるのだそうです。

医者も日ごろ、高みから一方的な診断を下す立場にあるので、注意しなくてはいけません。

友人の介護専門家は言います。

「医者は、患者から選ばれるので、まだ救いようがある。
だって患者は医者が嫌いになれば、別の病院にかかればいい。
患者が来なくなったら、医者も困るだろう。
医者は、相手から選ばれることで、他人の気もちを考えたり、自分のやり方を
反省する機会が与えられたりするわけだ。まぁ、医者本人の考え方しだいではあるけどね」


さて、裁判官であれ医者であれ、左脳と右脳のバランスがとれなくなって認知症にかかったとしましょう。
介護に当たる人は、どんな態度で接すればいいのでしょうか。

「寝るまで待とうホトトギス」と友人の介護専門家は言います。

赤ちゃんと同じように感情の高まりがおさまって、静かになるまで待つしかないのだとか……。
ケアをする人には、ガマンが大切なのです。

認知症のご老人は、大勢での決まりきった生活を送らなければならない
施設ではまわりとうまくいかず、孤立することが多いようです。
ところが、逆に認知症の高齢者ばかりを集めた小規模なグループ・ホームでは、
配慮のゆきとどいたケアによっていきいきと生活を送っておられるケースもあります。


だいじなのは「おしゃべりする」「笑う」「歩く」「ほめる」をたいらな関係のなかで行うことだといいます。

あるグループ・ホームでは、認知症のご老人が「ちょっと家に帰ってくる」と言えば、

ケアをする人たちは「行ってらっしゃい」と送り出すのだそうです。
もちろん、安全がしっかり保たれた状態で、です。

やがて、外を歩きまわって、そろそろ疲れただろうなと思われるころに介護者が声をかけ、
ご老人が自分からホームのなかに入ってくるように導きます。

このような、ゆったりとした生活を送っていると、認知症の人のなかにも、
ちょっと前の記憶は欠けていても、自分で食事をつくれる方が現れます。
まわりの人たちが「おいしいね。さすがだね」とほめれば、
その人は、忘れていたはずの調理、味つけを思い出して、完璧に料理をつくるのです。


そして、すばらしい料理の腕前を披露した後、
「こんなにおいしい料理は、いったい誰がつくってくれたんだろうね」とご本人。
なんとも微笑ましい光景ではないでしょうか。

やりがいや喜びは、人間が生きていくための支えなのです。
たとえ記憶力は衰えても、やりがいや喜び、嬉しさといった感情にうまく働きかければ、

人間は人間らしい生活をとりもどせるのです。

成功しているグループ・ホームは、認知症のご老人の右脳に働きかけるケアを行っているといえるでしょう。

と、同時にケアを担当する人たちも、自らの右脳感覚を大切にしているようです。
いつもガマンを強いられ、肉体的にも精神的にもハードな仕事をしていれば、
ついキレそうになることもあるでしょう。落ち込むこともあるでしょう。

しかし、そんなときに、ケアをする人たち自身が、「おしゃべりする」「笑う」「歩く」

「ほめる」を積極的にやってみる。
もう一度、自分たちの右脳を刺激することで、新しいエネルギーがわいてくるようです。


人は、理屈や計算だけでは動きません。
感情の動物なのでしょうね。

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