ある教組委員長との対談

対談 

色平(いろひら)哲郎さん VS 中島委員長 対談


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長いものに巻かれてしまう生き方は、「国益」にさえ反する
21世紀はどういう時代か、教師も生徒とともに考えて・・・
医療が民衆に役立つ側面もある、と気づいて医師に

中島)こんにちは。
今日はご専門の医療のことだけでなく、平和の課題や私どもが携わっております「教育」


についても社会的な発言を積極的にされておられる色平さんに会うのを楽しみにして参りました。
青春時代に、色平さんは折角・・・と言っては何ですが、入学された東大を中退されて、


世界を放浪・・・やがて京都の医学部に入られたそうですが。

色平)単に、親不孝だった・・・、ということじゃないんでしょうか。
何も考えずに最初の進学をしちゃったんですが、その後いろいろと悩むところがあって、


親とは音信不通で、しばらくキャバレーでボーイをやっていたわけです。

中島)医学部を選んだわけは?

色平)以前は、医者にだけはなりたくないものだ・・・と考えていたのですが。
妙に鼻が高いのが医者たちだ、と感じて、これをよく世間は許しているな・・・と思っていましたからね(笑)。
それで、医者を目指そうという気持ちになるまでに二転三転するわけです。
海外をふらふら歩いて、現地の方々に大変お世話になりましたが、
そんな場所では医療技術が民衆の役に立つことに気づいて、考え直したんです。
医学生の頃、フィリピンを旅行して、レイテ島で佐久総合病院の噂を聞き、長野県にやってきました。
医者にも、鼻が高い人ばかりではない、献身的に働く医師集団があることを知りました。


地域医療について、それまであまり関心はなかったのですが、佐久病院で修行させてもらっているうちに、
やってみよう・・・と思ったんです。
でも、それが何なのか、今ごろになってやっとおぼろげに見えてきたようなもので、
まだまだわからないことがたくさんあります。
村に暮らして10年目になって、やっと面白いところが見えてきた・・・といったところでしょうかね。
医療もすてたものではないと思うようになりましたよ。

中島)現在は地域医療に打ち込んでいらっしゃる・・・。

色平)「地域」といっても一筋縄にはいかないんですよ。
その人の育ちによって、「地域」とは異なることを意味するんじゃないでしょうか。
一つ言えるのは、大学医療であれば、自分たちの医療体制にみんながついてきてくれる


ことが暗黙の前提になっています。
この点で、地域医療はちがうんです。
地域医療とは、「医療の一分野であるというより、地域の一役割である」と感じています。
どのような医療が必要なのかは、地域医療の主人公である地域の人びとが決めることです。
人の育ち方や人生観によっても「地域」なるものの内実は異なるでしょうから、
そこで求められる医療もまた異なる形のものにならざるを得ないでしょうね。
昔、分校に赴任した教師たちも同じような「ぶつかりの体験」を持ったと思いますよ。


学校・病院という組織が価値観の中心に聳え立つのではなく、
地域に入った教師や医師が、地域の方から、ある意味、一方的に評価されることになるわけです。
自分の持っている技術が、相手のニーズに役立つように、かなり工夫しなければ生き残れませんよね。


医療の主人公は患者

中島)お医者さんは尊敬されていますか?

色平)嫌われていますね、お坊さんもそうかもしれません(笑)。
他人の不幸でメシを喰わせてもらう商売ですから。
医者は優秀でなくては困るのでしょうが、頭の良い子ばかりがお医者さんを目指すというのは、もしかしたら間違いかも知れません。
医学生の、一部であっても、今までとは違う規準で選んだ方が、皆さん、医療消費者としては賢いんじゃないですか。

中島)医療消費者というコトバには違和感があるのですが。

色平)どうしてですか?
新自由主義的な考え方の導入は、もちろん、行き過ぎてしまってはいけませんが、
従来あった医療側の独善的なひとりよがりに気づくための大きなチャンスになっています。
我々医療提供側と医療消費者側の間では、いい悪いは別にして、今後、もっともっと市場化が進んでいくでしょう。
そして「患者さんは医療の消費者」、だから、社会保険料を担っている側として、もっといろいろなことを率直に
注文していこう、そしていいものについてはよいと認めていこう、とする側面が拡大していくことでしょう。
「賢い患者になろう」ということも含めて、取りあえず「医療消費者」ということばを使っているんです・・・。

中島)患者主権という考えは?

色平)インフォームド・コンセントということばがありますね。
市場化が進む医療現場で使われてはじめて、今後はいよいよ「情報」「主体性」「選択」の三要素が大きな意味をもってきます。
都会ではこの傾向がよりストレートな感じになってきていますが、村落では「お互い様」という古来の互助感覚の網が緩衝してくれています。
時には「あ・うんの呼吸」によって重要な決定がなされることもありますよ。
アメリカ合衆国などではインフォームド・デシジョン(説明を受けたうえでの決断)ということばの方がより好まれるようで、
「医療の主人公は患者である」ということがさらに強調されています。
日本の場合、この4月から全面施行された個人情報保護法によって「インフォームド」、つまり情報提供段階への法的突破口は開かれました。
次いで、開示された情報を如何に読み解くのか、というリテラシー段階、その次には、


セカンド・オピニオンやサード・オピニオンを医療側に求めることが、治療方法決定の鍵になっていく時代なのかもしれません。
納税者もまた、「納税者主権」と表現すべきなのかもしれませんが、
納税が(義務であるというより)権利なのだと捉え直して、各所の行政サービスへ率直な注文をなげかけていくことが大事でしょう。

中島)ラジオ番組では、色平先生について、医療行為の素晴らしさを放浪の中で見つけて医者になり、
今は地域に飛び込んでいると放送していましたが・・・。

色平)ラジオやテレビは、そのままでは信用できませんよ。
私の真意は別のところにあります。
皆さんは今私を取材しに来ておいでになりますが、ラジオで流れた私のイメージを一旦ははずしてお考えください。
そうでなくては、真実を読者にお伝えすることは難しいことでしょう。
もともと新聞やテレビは、メディア・リテラシーの回路を通じ、批判的に読み解かなければならないものです。
メディアは、日本人が平均的に医師や医療に対して抱いている期待や反感といった情念を踏まえたうえで、
私を素材、つまり私をネタにして流しているのです。
事実ではあるかも知れませんが、真実の私をそのままに伝え得てはいません。
つまり、編集がかかっているのです。
全く別ものを放送してしまっているのかというと、そうでもないでしょうが、
メディアは医者への期待をステレオタイプで捉えていますから、国民の平均的なイメージにあわせた編集がなされているのです。
単純化し、また、読者に理解しやすいものにしている・・・それで今、このように、わざわざ白衣を着て写真撮影されているんでしょうね・・・(笑)。
そんなステレオタイプは、一旦は壊さないといけないものです。
対面する機会では、出来あいの形式とは違う真実をさがすことが大事なのではないでしょうか。
放浪している頃、私は医療について、大きな期待と共に怨みにも似た気持ちが人々の中に存在するということに気づきました。
そうした「医療の罪深さ」を考えないまま、この21世紀を過ごすことはできません。


時には、厳しいことも口にしなければならないと思うのですよ。

中島)「怨み」の気持ちを持っていたとしても、責めることはなかなかしないでしょう。


色平)そうですよね。患者さんや家族からすれば、自分や家族が「人質」になっている状況なのですから・・・。
しかし、あえて指摘しないでいることで、誰も責任を負うことのない状況が出現してきたわけでしょう。
政治学者の丸山真男さんが「無責任体系」と、そうした論理と心理状況を名づけておいでですね。

日本的な精神風土では、過去、誤った国策が、再考されることなく、そのまままかり通っていきました。
共同体的同調圧力の強さ、といった状況でしょうか・・・現代の日本医療の課題もまたまさにその点にかかっております。

先日医師でもある加藤周一さんとお目にかかって、さまざまに意見を交わしましたが、


加藤さんは現状の日本がさまざまな分野にわたって病んでいる状況について「危機的」ということばを使っておいででした。
私もそのように思います。

愛するに値する公正な国のあり方を望むのが「愛国者」

中島)病んでいる状況が危機的?

色平)病気になってしまっているのに、病気とは気づいていない、そこが実に危機的です。
病識がないから現状を深刻だとは考えていない。
つまり、どんどん病気が重くなってしまいますよね。
昔から親しくご指導いただいている鶴見俊輔さんも、先日お目にかかった際、
同じような「診断」を、祖父である医師・後藤新平の思い出話のなかで語っておいでになりましたよ。
俊輔さんのいとこ、故・鶴見良行さんは、私の学問上の師匠でもあるのですが、
良行さんが若い頃、生まれた国アメリカの国籍を持っているというのに、19歳で敗戦の祖国である
日本国籍をあえて選び取った、ということにも話題が及びました。
実は、俊輔さんも同じように戦時中、自分の居場所をあえて「選び取って」日本へ捕虜交換船で帰国しておいでです。
大きな決断だと感じます。

一般的に私たちは、単に日本人として生まれてきていますから、自分の国籍が日本であることを当たり前である、と感じています。
あるのが当たり前の存在を心から愛する、というのは、実はちょっと難しいことなんですよね・・・。
しかし、俊輔さんや良行さんの場合、ある時点で自ら選び取って日本人になっておいでです。
自ら選び取ったからこそ、真に愛している、といえるのではないでしょうか。
だからこそ、言うべきことを言うべきときに言わなければならないし、やらなければならないことはやるという決意が、
彼らの内面にはあふれているようです。
レジスタンスの精神なのかもしれません。
私の選んだこの国が、もっともっと公正な国でなくては、そうでなくては愛し続けることはできない、ということなのでしょうか・・・。
他と比較して日本を選び取ったわけですからそうなるのでしょう。
私は彼らに比べて、まだまだ何もわかっていないレベルなのですが、せめて彼らから心意気を学び取っていかねばなるまいと感じています。

憲法や教育基本法について、私は皆さんとは考えが同じではないと思います。
しかし、今、この時点で、これらを改変することについての異和感と危機感を持ってはおります。

中島)私たちは現在、歴史の曲がり角にきているように思います。
私たちの仕事は子どもたちに関わっていますから、歴史の流れに逆行しないものを自分のものとして、
子どもたちと語り合うことが大切ではないかと考えています。

色平)歴史の活断層が動いている・・・そんな状況ですよね。
日本の教育者は『教え子を再び戦場に送らない』という誓いをたてました。
自らが犯した誤りに気づいてのことでありましょう。
医師もまた、同じように「罪深さ」ということを感じております。
ハンセン病にしても、精神障害者にしても、薬害エイズにしても、国策だったから強制収容に抵抗できなかったのか、何なのか・・・。
私の母校・京大医学部は組織的に731部隊に関わっていました。
それで、中心人物にそうした問いを発したこともありました。
若い頃、中国の旧満州(東北部)や韓国をはじめアジア各国に出かけました。
韓国の方々が日本の国会前で座り込み抗議をするにあたり、もしも路上で肺炎になったり
したら治療を引き受ける、そんな段取りに取り組んだこともあります。
その頃、90年代の初めですが、日本人はあまり加害責任について考えていませんでした。
私があえて加害責任の問題解明に取り組んだのは、日本国を愛しているからかもしれませんよ・・・。
この国の本当の歴史を知らずして、広島・長崎なりの戦争被害だけをいっていてはダメだと感じたのです。
20代半ばの頃、中国大陸を旅して、広島・長崎について戦争の被害者たちが「当然の報い」と考えていることを知っておりましたので。
彼ら・彼女らには実に辛い体験がありました。
強制連行され、性労働に従事させられた人もおいででしたので、日本にお招きいたしました。
2300万人が殺された中国大陸だけで考えても、その一人ひとりの記憶は本当に生々しいものでしたよ。

中島)私たちの組合は昨年「50周年」をむかえ、中国の教育科学研究所と5年間の交流協定を結びました。
加害者責任を明確にしての協定であり、未来をともに創っていこうという気持ちが交流によって通じつつあります。
平和学習は県下の高校で5月3日と12月8日を中心に設定してとりくんでいます。
そのお陰でしょうか、高校生の憲法意識は全国では高い方です。

色平)今、思い出したことがあります。
中学生の頃に日本国憲法を読んだ時、10条の「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」がわからなくて困ったんです。
皆さんはいかがでしたか?
憲法上で国の主権者である「国民」の要件を、憲法の下位法で定義するとはどういうことかな、と思いました。
私は憲法が理解できませんでした。
20歳になった頃、日本の憲法を英文で読んで理解ができたんです。
憲法を制定する(制憲)権力はジャパニーズ・ピープル、つまりジャパニーズ・ネーションです。
そして、10条でいう国民とはジャパニーズ・ナショナルと書いてありました。
そもそも異なる名詞を同じ「日本国民」という日本語にして訳してしまっていることが問題なんですね。
もちろん、皆さんよくご存知のように、1947年5月2日、つまり新憲法施行の前日に、最後の勅令として「外国人登録令」が発せられ、
それまで、日本帝国の臣民であった多くの人びとが、強制的に外国人とされたことはよく知られたことなのです。

また、当初米軍司令部から提示された新憲法の原案第13条は、
「一切の自然人は法律上平等なり政治的、経済的又は社会的関係に於いて
人種、信条、性別、社会的身分、階級又は国籍起源の如何に依り如何なる
差別的待遇も許容又は黙認せらること無かるべし」となっていました。

この条文は、実際には日本国憲法第14条「すべて国民は、法の下に平等であって、
人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、
差別されない」と書き改められました。

「国籍の如何を問わず」という部分が削除されたのですが、さらに国籍法によって、
国民とは日本国籍を有する者のこと、と定められて、
在日外国人の人権保障は現行憲法から完全に消し去られてしまっています。

このように、日本国憲法がつくられる過程では、いろいろな問題がありました。
学校ではその問題を生徒たちの前で率直に開いてディスカッションをした方がいいのではないかと感じます。
世界の国々は現在190くらいでしょうか、それぞれが憲法をもっています。
多くの憲法は英語で読めますので、私なりに比較して勉強していますが、各国の憲法が基準においているのが国際法、
つまり国連憲章です。
世界人権宣言が採択されたのは1948年で、日本国憲法ができたのが1946年ですから、
日本の憲法の方が早いんですが、その点で、残念なことに条文間に矛盾が存在しています。
国連憲章の51条などについては、その成立のプロセスを生徒が知れば国際法秩序の意味がよく伝わると思うんです。
戦後10年を経て、55年体制が固まる以前は「政府与党が護憲」で、共産党をはじめとする「野党が改憲」だった事実
を含めて教えていただきたいのです。
私の場合、その時代にはまだ生まれていなかったので・・・、
いろいろな国をまわり、我流で勉強し、ずいぶん回り道をした後で、やっと知ることができたことです。

靖国参拝、中国や韓国の批判は当たり前

中島)その通りです。

色平)東京裁判が話題になっています。
戦犯7人が処刑されたことを含め、裁判結果を日本政府が受け入れ、
引き継ぐことを国際条約とし、サンフランシスコ講和条約の第11条としたことで、
占領状態からの独立を日本はみとめられました。
このことを無視して、東京裁判を云々し靖国神社を政府が参拝して認知することについて、中国や韓国が問題視するのは当たり前です。
確かに51年の講和条約に中国や韓国は参加していませんがその後、65年、72年に同趣旨の条文を介して国交が結ばれています。
この当時は、日本が経済的に圧倒的に強く、韓国や中国の側にある種遠慮があったのかもしれませんね。

正しくは「連合国」と訳すべき国際組織である「諸民族・ネーションの議会」たる国連、その常設公安委員会としての
安保理常任理事国になるには、それこそ、国際法上のいくつかの段階を踏む必要があります。
お金があっても、戦争犯罪がなかったことにはできないのです。
東京裁判は、実に欠陥だらけの裁判ですし、合衆国やソ連の戦争犯罪が裁かれずにいる、また、731部隊が免責されている、
などなどさまざまに考える材料があるわけですから、それを生徒たちに投げかければ、おおいに勉強になるでしょう。
もちろん、陸海軍管理であった靖国神社がいかなるもので、当時「宗教ではなかった」国家神道に於ける
慰霊が、その本態は実は招魂ではないのか、といった議論になるのでしょうね。

中島)色平先生は医療活動以外に何をやられておりますか。NPOなどについては・・・。

色平)最近、NPO活動はあまりやっていないです。30代の前半はいろいろ活動しましたが。
県が旗を振って取り組む以前のことでした。
東京でNPO活動をしている友人に来てもらって、それを信濃毎日新聞に書いてもらうこともやりました。
NPOやNGOには欺瞞もあるのですよ。
しかし、地域通貨などの活動をお上がやったのでは、定義上おかしいでしょう・・・。


中島)先生は現在、県の審議会の委員などを引き受けられていらっしゃいますね・・・。


色平)できるだけ減らしています。
うーん、あまり関心はないですね。
距離もありますし、ここからですと東京に出る方が早いですし・・・。
もともと海外との付きあいの方が深かかったこともあります。
知事が代わるまでは、県庁に行ったこともなかったし・・・。
長野県の人間であるという意識はあまりなかったです。
ここは県境ですから・・・、すぐそこが群馬県内の御巣鷹山です。

中島)方々で講演をされておられるようですが、私ども教師へのメッセージを頂きたいのですが。

長いものに巻かれてしまう生き方は、「国益」にさえ反する

色平)現在の日本はアメリカ合衆国の影響を強く受けています。
毎年在日米国大使館のHPに掲載される「年次改革要望書」を読めば、数年後の日本の姿が透けて見えるというところまできています。
普通「愛国」というと「反米」になるわけですが、今の日本の若者は「親米」が当たり前になっています。
アメリカのもつ独自の価値をどう評価したらよいのか・・・ということを生徒たちと率直に話しあわなければならないかもしれません。
そして、日本人であることの意味についても、でしょう。
私たちはアメリカの51番目の州であるわけではないのですが、
現状では日本国憲法の「上位法」に安保条約があるわけで・・・、
「君たちの生きる21世紀がどういう時代なのか」を問うと同時に教師自身も考え込まねばならないアポリア(難問)ですよね。  

アメリカには確かに良いところがあります。
ひとつの例ですが、題名は「12人の怒れる男」だったか、映画です。
私はとても感動したんですが、なぜか白人しか出演していないのです。
一人ひとりはいろんな背景を持った人で面白いのですが、黒人とかアジア系の人がいないわけです。
1957年の映画で、それは当時のアメリカの限界なのでしょうが、生徒たちの英語の勉強にも適していると感じますよ。

教師は、自らの内面のアメリカを語る教師であってほしいと思います。
もしも語ることで干渉があるようでは困るのですが・・・。
日本の学校では、卒業式も入学式も「日の丸」が揚がっているそうですが、
合衆国の国旗があって合衆国の国歌を歌った方が似つかわしいような、そんな状況になっています。
世界中でここまで来ている国はないですよね。
南米でもコロンビアを除くほとんどが「反米」に近くなってきています。
韓国ももちろんです。
米国との付きあい方については、過去は過去として、現状はこれでよいのかということを
ディスカッションすべきだと思います。

今回は、歴史の活断層が動きました。

先頃飯田高校の生徒さんの前で講演したら、7人くらいの人が質問をしてくれました。


その一人が「中国のデモをどう思いますか?」と。
質問者は彼らは騒ぎすぎ、と感じていたようです。
私はそこで講和条約11条のことを話しながら72年の国交回復時の約束をお伝えしました。
そして、長いものに巻かれてしまう生き方は、「国益」にも反することがあるよ、と答えました。
国益と考えた場合、国家益と国民益を分けて考える必要があります。
旧枢軸国では国益とは国家益と考えがちですが、、もちろんこれは世界史的に否定された感覚であって、
国益とは連合国的には国民益です、ネイション(民族)あってのコンスティテューション(憲法)、コンスティテューションあってのステート(国家)、
ということですよね・・・、ところで、委員長さんは「立憲主義」というものをどのようにお考えですか?

中島)あまり考えたことはありませんが・・・。

憲法とは国民が国家をしばるもの

色平)ネイションはエンパイア(帝国)の存在によって鍛えられます。
ローマ帝国によってユダヤ民族は鍛えられ、大英帝国の下でアメリカ十三州植民地は鍛えられた。
イスパニア帝国の下でオランダは独立しましたし、ポーランド民族はロマノフ王朝への抵抗過程で形成されています。
独立したいという気持ちは、帝国の存在あってのことで、辺縁部でネイションは鍛えられるのでしょうね。
そしてネイションが、抵抗運動を経て、独立を達成したときに憲法がつくられるわけです。

皆さんの「憲法9条改正」に反対するという決意表明は、なぜ我々は憲法を持つのかという問いに直接つながっています。

民主主義と立憲主義との関係のことなのですが・・・、実は両者は緊張関係にあります。


民主主義は少数意見の尊重、少数者への寛容とうたってはいますが所詮「多数決」にならざるを得ません。
正しいかどうか、とは全く別に、多数の決になってしまうんです。
友人の憲法学者が冗談で言っていましたよ。
教室で掃除当番を多数決で決めようとしますと、みんなで手を挙げて、例えば「今日は中島君!」と委員長さんに決めることができます。
翌日も、挙手で「中島君!」とやれるわけでしょう・・・
ある意味「いじめ」につながることもあるかもしれませんね。
デモクラシーと言った場合、簡単に多数決になってしまう、それに加えて、
少数意見を圧迫してはいけないということ、つまり信仰など、個人の真実や内面の倫理については
公の場の多数決で決定しないでほしいということを、別途ルールにしなければならない。


この意味で、民主主義と立憲主義は緊張関係にあります。
宗教改革で神が「複数」になり、真理が複数になり、身分制が揺れ始めた17世紀のヨーロッパが
宗教戦争のなかで鍛え上げてきたものが立憲主義であり、ホップスらはそのことを指摘してみせています。

坂本竜馬がやったように、懐からピストルを出して見せた、その翌日には「万国公法」を出して見せた、
その後者にあたるのが国際法です。
したがって、憲法9条第2項で戦力放棄した後には、第3項で国際法重視、とつながるのがよさそうなのです。

皆さんは国際法を勉強しておいでですか?
私は学校で国際法、そしてその根幹にある自然法、教わりませんでしたよ・・・。
憲法があって、人と人が狼でなくなる。
次は国際法があって、国と国が狼でなくなるわけでしょう。
もし、皆さん教師が「自由と平等は正しい」と、前提なく生徒さんに教えたとすると、これは実に危ないことです。
「白馬非馬(白馬、馬にあらず)」ということばをご存知ですか?

中島)聞いたことはありますが・・・。

色平)白い馬は白い馬だから、馬じゃないという中国古代の詭弁です。
そういう意味では、「憲法非法(憲法、法にあらず)」ですよ。
憲法99条に「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」とあります。
そこに国民とは書いていないじゃないですか・・・。
私たちジャパニーズ・ピープルが国家、つまり公務員たちを縛っているんです。
法が国民を縛るのとまったく逆方向です。
憲法は、作用する向きがまったく異なります。

公共には二つあります。
人類普遍の古来の原理は「人を殺すな」ではなく「仲間を殺すな」です。
それが「仲間や家族のために敵を殺せ」となれば、ギリシャ的な公です。
この古いギリシャ的な公は、ヨーロッパでは宗教戦争を経て、政教分離し、新しい「近代の公」に転換しました。

自分達で新たな憲法をつくるとしたら、どのような条文にするのか。
例えば、憲法24条には「法律は両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と書かれています。
しかし、この条文に官公庁は縛られますが国民は縛られていません。

「憲法のなかにモラルを持ち込む」などということは、それこそ違憲です。
その意味で、現行憲法の「美辞麗句」を削ぎ落とした、その後に残る骨組みこそ、近代立憲主義の精華です。
ですので、世界の笑い者になりかねないことを与党の人々はやろうとしています。

憲法20条は政教分離です。
この条文を素直に読みますと宗教法人が選挙で特定の候補を推したら違憲です。
税金で控除されている宗教法人がある主張をするのは問題ありません、しかし特定の候補を推すと、
税金で政治活動していることになって、フェアじゃないというのが理屈です。
高校生が自分達だったらどのような憲法をつくるかを考えることが大事です。
そうやって、自主憲法を制定する学習を積み上げると、現行憲法がかなり出来がいいものであることも学ぶことが出来ますよ。

与党の「改憲」論は「壊憲」論

中島)なかなか言い得ていますね。
ところで、私たちはいま、憲法九条改変に照準を合わせた憲法「改正」の動きに対して憲法九条を守ろうと運動をしているのですが・・・。

色平)私は改憲論者ですが、与党提案の現状の「改憲」論は、実は「壊憲」論であると考えています。
このような形での壊憲を座視することはできないでしょう。

子どもたちが、青年達が不安や不満に思っていることは真実をついていると思います。


それをルール(つまり法的なもの)で押さえ込むのではなく、
自分達だったらどのようなルール(つまり憲法的なもの)にするかを考えさせることが大切だと思うんです。
その場合フェアネスが大事です。
日本国内だけで通用するものではだめでしょう。
内(身内)と外(よそ者)という感覚を持っている人はよき市民になれません。
共同体的同調圧の強い社会の日本は、日本ならではの問題がたくさんありますよね。
そうした、権威主義的なもので教室を運営するとしたら間違いでしょう。

中島)私たちは「開かれた学校づくり」という運動に取り組むことで、
生徒とも地域の人とも一緒に学校のありようを考えています。
授業改革にもとりくんでいます。

色平)高度経済成長のなか、ブランド大学が権威になり、受験が制度化して権威主義的に意識を塗り固めました。
私は変わり者で研究は嫌いではありませんから自分にとっては違和感はなかったんですけど、そういう人は少ないでしょう。
人類が血を流しながら学んできたこと、例えば「討論の作法」などは生徒に任せておいて済む問題ではないと感じますす。

日本社会は他者はいない空間で、近代的な公はありません。
講演をしても質問がこない。レスポンシビリティーがありません。
同質性があるところでいくら議論しても枠は破れない。
郷にいれば郷に従え、旅の恥はかき棄て、といったうちとそとを分ける感覚なんです。


「満場一致が当たり前」といった感覚は、海外では通用しません。
このままだと日本はヤバイしアウトになります。

閉ざされた世界では、うまくおべんちゃらを使えば通用するのでしょう。
でも、長い物に巻かれない人が出てこないと、国として困るのです。
「和して同ぜず」という君子のあり方でなく、「同じて和せず」なる小人のあり方が従来の日本人ですから、
自分が何者なのか、どこにいるのかわからなくなってしまう。
それを破れるような若者が出てこなくては・・・。
というより、ほっておいたら、周囲に同調してしまう若者を預かって、よき市民にするのが公教育のルソー的定義でしたよね。

学級崩壊すると教室での先生の権威はなくなり、同時に生徒の間の「いじめ」もなくなる、と聞いたことがあります。
先生が「日の丸・君が代」で虐められているのを見て、教委に抗議したクラスでは、「敵」が


できたことによって団結が生まれ、団結心が持続しているという話を聞いたこともあります。

それと同じでしょうね。
何にもないところ、例えば南の島に大王がいても、日本民族は形成されなかったでしょう。
中華帝国があったから、その辺縁部に日本は形成されました。
一方、大日本帝国の存在は、朝鮮民族や漢民族にとって堪えたことでしょう。
このような、論憲状況について国民に判断を任せられない、というのでは困るのです。


高校時代にこそ根源的な諸問題を考える必要があります。
浪人してもよいではありませんか。
例えば、デンマークでは、多くの中学生が卒業後、自分は将来何になろうかと一年間は考えるそうです。
日本もそうなっていいのでは・・・。

高校レベルの教育現場では、日米関係を、ペリー来航から現在までの通史として
扱っていいのではないかと思います。

19世紀半ば、世界戦略を欠く「非文明国」であった米国が、なぜ、
「戦争とヒューマニズムの20世紀」を経て超大国になるに至ったのかを、
日本をひとつの「鏡」、つまり反響板としてとらえてみるのです。

「反米」と「親米」の2軸では語り得ない何かが見えてくるのではないか、と感じます。



中島)きょうはたくさんの課題をいただいた気がします。
お元気でご活躍ください。
長い時間ありがとうございました。

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