都会にこそ ケアの心

東京異聞  読売新聞・都民版 05年5月12日付け


東京の皆さんは、次の記述をどう感じられるだろうか。

「ほとんどの病気に薬はいらない。私たちの体は、自前の防衛力を持っている」
「注射は頻繁に必要とされるものではない。医学的な手当てを要するほとんどの病気は、

口から取り入れる薬によって、注射と同じかそれ以上の効果をあげることができる」

怪しい民間療法と思われただろうか。いや、違う。
実は世界中で、聖書の次にたくさん読まれているといわれる『Where There Is No
Doctor』(デービッド・ワーナー著)の邦訳『医者のいないところで』からの抜粋だ。

この本は、山間へき地や孤島など、文字どおり医者がいない場所で、
どのように病気やケガ、出産、公衆衛生などに対処すればよいかを記した
「プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)」のバイブルだ。

文字が読めない人にも理解できるように、イラストをふんだんに使い、
世界80数ヶ国語に訳されている。
私は、この日本語翻訳プロジェクトにかかわり、著者の意向に沿い、
私のホームページで非営利目的で全文を公開している。

ところで、意外に思われるかもしれないが、日本の医療は、コストをかけずに「平等」「長寿」
を達成したことから、WHO(世界保健機構)の保健指標で「世界一」の折り紙をつけられている。
しかし、現実には相次ぐ医療事故や不祥事の影響もあって、
国民の医療への不安・不信は募る一方だ。

だからこそというべきか、医療環境が劣悪な第三世界で活用されている
『医者のいないところで』が新鮮に映る。
その平易で分かりやすい医療実践に、「人間が人間として人間のお世話をすること=ケア」
の精神が溢(あふ)れているからだろう。ここが「医療の原点」なのだ。

太古から、人がケガや病気をすれば、誰かが世話してきた。
この連綿たる長い歴史の中から医師という職業が分化し、医学という学問領域が確立された。
医療はケアの一部分であって、そこから逸脱するものではない。
専門的な高度医療もケアの一翼を担うからこそ、人々に受け入れられる。
特殊な「挑戦」ではない。
大都市の医療にこそ「ケアの精神」が期待されている。

(いろひら・てつろう  長野県南相木村診療所長)

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