「東京異聞」  読売新聞・都民版  連載第8回

「同意」へのプロセス重要  05年3月3日付け


         長野県南相木村診療所長  色平哲郎  いろひらてつろう


村のばあさんが、脳梗塞(こうそく)からくる「誤嚥(ごえん)性肺炎」を起こした。
食べ物を飲み下すために脳から喉(のど)の筋肉へ送られる信号機能がマヒし、
気管の方に食べ物が入って肺炎になったのだ。
連携をとっている佐久総合病院に入院させ、抗生剤による治療を行わなければならない。


ばあさんは大の病院嫌いだ。
本人と同居している二男夫婦に入院治療の必要性を説明した。
病状、診断、治療方法など、専門知識をできるだけ分かりやすく説いた。
いわゆる「インフォームド・コンセント」(説明と同意)である。
しぶっていたばあさんが、ようやっと入院を納得した。

ところが、だ。
入院間近になって、離れて都会で暮らしている長男が実家に現れ、話がこじれた。
「おれの知ってる大病院に入れる」と言ってきかないのである。
村に親を残し、ふだん親の介護にかかわってこなかった負い目からか、
「ここぞ自分の出番」と、ガンバッてしまうのだ。
日ごろ、ばあさんを介護してきた二男の嫁さんや妹たち「女衆(おんなしゅう」とは、



まるっきり違う意見を吐いた。

離れているとはいえ長男のプライドは高い。
が、冷静に考えれば、入院後も村の女衆こそがばあさんを気遣い、
ケアしなければならない現実は変わらない。
都会の病院に入れると主張してはみたものの、だんだん引っ込みがつかなくなる。
そこで、ムラ医者はゆっくり口を開いた。

「……兄さん、よくぞ言ってくれた。その心意気はありがたい。
だども、ここは、女衆の意見にも耳を傾けてくれないかい。
丸く収めるのは惣領(そうりょう)(長男)にしかできないことだ…」

長男の顔を立てて、現実的な選択を促す。
ここで初めて、「同意」成立。
いささか骨が折れた。

ひと口にインフォームド・コンセントといっても様々だ。
医師は患者さんとの情報格差を解消しようと、専門語をできるかぎり翻訳して説明する。



患者さんは情報を吸収し学ぼうとする。
十分に学び、たとえ納得しきれないとしても、熟慮し、相談し、弱音を吐き、
その上で自己選択となる。
この行きつ戻りつ、キャッチボールのプロセスこそ重要だ。
それは、民主主義の一つの形といえないだろうか。

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