七つの灯火

長野県南佐久郡南相木村診療所長 色平哲郎

http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Iro/01IroCover.htm


歳をとると時間が経つのが早くなるというが、今年もアッという間に師走がやってきた。


山の村で診療しながら、世の出来事に憤慨したり、社会の裏面をさぐり本質を知ろうと

していると、どうも暗い気分のまま新年を迎えそうになる。

一年の締めくくりとして「光」を感じる話をいくつか並べてみよう。

まず、若い世代に「介護福祉」の新しい芽が吹きつつあること。
その象徴が、モブ・ノリオ氏の「介護入門」による芥川賞受賞。
正直に言うと、この本を読んでいないのでエラそうなことは言えないが、
巷間伝わってくるところでは著者は相当にユニークな人物で、
全く新しい角度から「介護文化」に光を当てたようだ。

山の診療所に実習にくる医学生や看護学生のなかにも、一見、キンキラキンの場違い
な風貌ながら、村のご老人を紹介すると目を輝かせて「取材」を始める若者がいる。
耳のピアスと「高齢者を知りたい」とする意欲は、決して相反するものではない、と思い知る。

高齢社会とは、「ごくふつうの人が加齢によって障害を背負う社会」である。
障害者を爪弾きにしたくてもできなくなる。
なぜなら、自分もいつ障害者になるかわからないからだ。
その現実に若者は若者の方法で適応し始めた。
青年が動けば、壮年も動く。

ノンフィクション作家・山岡淳一郎氏が「週刊朝日(12月17日号)」に載せた
「ふたつの『老い』と闘う」というルポによれば、
大阪府の枚方市にある「労住まきのハイツ」(築28年・380戸)という団地では、
4年前、住民が建物の「大規模修繕」を機に自治に目覚め、
高齢者支援の互助組織「かけはし」を立ち上げたそうだ。

「かけはし」では、住民間で構成する会員どうしが、一回一律300円で、
網戸の張替えから包丁とぎ、水道のパッキン交換、食事の提供など、
痒いところに手が届くサービスを提供し合っている。
「動ける時に動ける人が無理なくやる」のがモットーらしい。


この団地の高齢化率は、なんと「30%超」。わが南相木村とそう変らない。
都会のなかにもニュータウンと呼ばれる近郊団地に「高齢者村」が出現しつつある。
活動を牽引するのは、定年退職組。「まきのハイツ」では60代は「黄金の世代」だとか。



64歳の男性リーダーは、ある夜、灯りのつかない部屋が気になって、訪ねると、
真っ暗な室内におばあさんがポツンと座っていて、か細い声で「電球、交換できひん」

と言われた。
以来、高齢者を放っておいたらえらいこと(孤独死)になると思い、この活動にとり組んだという。

リーダーは、こう語る。

「ある日、突然、手の力が衰えてビンの蓋が開けられなくなる。階段が上がれなくなる。

それが高齢社会の現実。困っていることがあったら、何でも言ってきてよ、
とスタートしました。
いずれ、僕らもサポートを受ける側に回るかもしれない。
いまから動いておけば、次の世代に……」

「かけはし」では、近所の開業医を招いて「健康講座」も開いている。
いずれ、住人がNPOを立ち上げて、団地の空き室を利用したデイケア・サービスや、


移送サービスにも乗り出す腹積もりのようだ。


以前、警鐘を鳴らした「混合診療全面解禁」に関しても、光とまではいかないが、
目を引く意思表示があった。

いずれ「規制改革・民間開放推進会議」の答申が出るであろうから、
安易な推測はできないが、「サンデー毎日(12月19日号)」の記事によれば、
推進会議が「完全解禁を望んでいる」として追い風に利用しかけていた
「がん患者団体」が、「我々は混合診療はあくまで臨時措置として要望しているのであり、
有効性が立証された抗がん剤を”公的保険”に組み込むことこそ大切だ」と
言い切ったのである。

「癌と共に生きる会」の事務局長は、こう語っている。

「完全解禁は望みません。医療に貧富の差がついたり、安全でない薬が使われるのは
違うと思うからです。国民皆保険という素晴らしい制度で、世界標準のがん治療を受
けることが私たちの最終目的なんです」

「日本がん患者団体協議会」の事務局長も同意見だ。

「僕たちは、混合診療に全面的賛成でも反対でもない。
今のままでは死ぬだけの患者がいるのに、厚労省が何もしてくれない以上は、
1年に限って緊急に混合診療を解禁し、その間に、僕たちも入れた関係者で、
抗がん剤に限らず、未承認薬の特定療養費や公的保険への迅速な適用を
徹底して話し合う現実的対処を要望しているだけなんです」

切実な苦悩を抱えておられる患者の方々から、このような意思が明らかにされたことに


経済界主導の全面解禁を求める側は、どう応えるつもりだろうか。

市場原理派の「魂胆」が、当の患者さんたちに見透かされている。
本来なら、ここで勝負あり。
潔く、引き下がっていただきたい。


インドのマハートマ・ガンディが、大英帝国の圧政下、インド独立を目指して非暴力
抵抗運動を展開しながら、イギリスに代表される西欧のあり方に対して「反骨」的に
掲げた「七つの大罪」を記しておこう。

「原則なき政治」
「道徳なき商業」
「労働なき富」
「人格なき教育」
「人間性なき科学」
「良心なき快楽」
「犠牲なき信仰」

新自由主義による経済のグローバル化が野放図に進められるなか、
この七つの灯火は、私たちの進むべき道を照らしてくれるのではないだろうか。

inserted by FC2 system