スタディツアー報告

海外医療研究会2004年度
南相木村スタディーツアー報告書

Ⅰ.参加者氏名（計７名）
医学部５年牛濱歩
医学部２年阿部麻理恵、今井香奈、杉原淳
医学部１年鈴木景子
看護短期大学部１年磯部彩子、大久保美紀

Ⅱ.期間平成16年5月2日から4日まで2泊3日

Ⅲ.実習先および指導医長野県南佐久郡南相木村
　　　　　南相木村国保直営診療所長色平哲郎先生

Ⅳ.目的および意義過疎地域における医療および地域の方々の生活を見学させていた
だき、日本における地域医療の現状を知る。普段接することのない村の方々や地域
医療従事者とお話をさせていただくことから、自分の中で考えるよいきっかけとす
る。なかなか立ち入ることのできない村社会における村の方々の生き様を垣間見る
貴重な経験とする。日本の地域医療において何が求められているのかを考える。学
生としてできることの限界を実感し、将来従事するであろう仕事にむけて、日ごろの
勉学への高い動機付けとする。

Ⅴ.活動内容１．南相木村とは村人口約1300人、世帯数750余り、65歳以上の高齢
者は全人口の35％を超える過疎指定地域である。1998年に色平先生が診療所に赴任す
るまでの20数年間無医村であった。２．色平哲郎先生について南相木村診療所
長。診療所での診察および往診を行っている。３．方法事前に先生にメールおよ
び電話でお願いをした。４．実習内容診察所の見学、村のお年寄りとの交流、先
生とのディスカッション

詳しいスケジュールおよび内容は以下の通りである。 5月2日正午に南相木村着色
平先生の診療所にて、先生のことを紹介したテープ、ビデオを見た。・テープの内
容南相木村には、手に職を持って現役で働いていらっしゃる方が多い。この職とは
経験から自然に生まれた職である。例えば、村に御住まいのチズさんは、機織が上手
く、またブルーベリーも栽培していらして、これらのおかげで呆けていない。この村
にくると、元気なお年寄りの人生・生き様に出会える。都会の医学生はこういう
‘かっこいいお年寄り’に出会える機会は少ない。ここに来て、医学生は、病気とは
これらのお年寄りから人生を奪うものであるということを実感し、お年寄りへの尊敬
の気持ちをもつ。これらの魅力的なおばあちゃん方が日本を支えているということを
理解する。色平先生は予防医療に力をいれ、お年寄りが元気に生活しているかどうか
生活に入り込んでみている。村人に尊敬され、すばらしい人生を送っている。・ビ
デオの内容（テレビに放映されたものです）南相木村は人口1300人、標高900ｍの小
さな村である。地域に根ざす医療とは何だろうか。それは村の暮らしをよく知ること
が第一歩である。色平先生は1日5件の往診をこなしている。村人の普段の暮らしを
知った上で、その人にあった医療ができるという考えのもとである。普段から心が通
じ合ってこそいざというときに助けることができるのである。お年寄りにはそれまで
歩んできた人生の苦労がしみついている。そしてこれが彼らの魅力となっている。学
生は日ごろこれらのお年寄りと話す機会が少ない。ここにきて、お年寄りには言葉と
して現れない、人生の歴史、経験というものがあることを感じてほしい。その後、
診療所の近くのチズさんという一人暮らしのおばあさまの家にお邪魔した。チズさ
んのご主人が色平先生の患者さんで、ご主人が亡くなられてからも色平先生とのお付
き合いが続いている。広い畑や山の仕事をすべて1人でこなし、昔２０代のころに覚
えた機織を楽しんでいる。村の名家の出である。機織を習うとともに、百人一首も
一緒にやらせていただいた。昔のお話をうかがった。夜に色平先生が宿に来てくだ
さり、ディスカッションをした。 5月3日 10時に診療所に到着し、他大学との自己紹
介、ディスカッション。 11時から、280年の歴史を持つ農家にお邪魔する。その家
の長男の嫁として都会から戻ってこられた方のお話を伺う。村社会のよいところや
しがらみについてお話くださった。
午後は診療所隣のデイケアセンターにて色平先生の講義とディスカッション・内容
長野中南部の医療について。南相木村はPHC（primary health care ０次医療）だっ
たが、色平先生がこれをPMC(primary medical care)にした。地域医療とは医療の一
部分ではなく、地域の一役割。地域のいろいろなものが主役。地域のもろもろとの格
闘技である。地域は、一緒に喜び、一緒に悩んでくれる医者を求めている。村社会で
は他人のことを公言せず、本音も言ってはならない。村おきてに反すると、村八分に
される。でも、日本自体が村社会とも言えるのではないだろうか。先生は、よそ者だ
から聞くことのできる村人の本音、愚痴を聞いてあげてきた。相手のことを知ること
によりいい医療ができる。このあと、ふたたびチズさんのお家に伺い、宿にもどっ
た。夜はTBS記者の斉藤さんという方がいらっしゃり、色平先生についてや、メディ
アとしてのご苦労等いろいろおもしろいお話をうかがうことができた。 5月4日最終
日は朝から野辺山の老人ホームに伺い、そこで他大学と一緒に色平先生のワーク
ショップが開かれた。総勢30人の大規模なものとなった。・グループごとに自己紹
介自分の持っている物を使って1分間の自己紹介。次に、他のものを使ってもう一回
自己紹介。一回目の自己紹介により植え付けられたその人の印象を崩ことが狙い。メ
ディアでも同じことが言える。一方行の情報しか入ってこない。多面的に物事をみて
いきましょう。・色平先生のお話物事に正解はない。ステレオタイプではなく、い
ろいろな方向から人を見ていくようにすることが大事。メディアも一方行にしか人を
みてないことが多いが、医学も同じ。人を多面的に見ていこう。一方的に人を批判す
るのは何も育てない。自分が違うのかもしれないという意識を持とう。・長純一ド
クター（国保川上村診療所長）のお話長野モデル、佐久病院についてのお話をうか
がった。先生のお話の中で印象に残ったのは、地域医療と国際保健とのコラボレー
ションというお話である。佐久病院で地域医療の経験を積み、それを途上国の医療の
現場に生かしていくというシステムをつくれたらとおっしゃっていた。

Ⅵ.収支報告収入；医学財団補助金￥50,000円
支出；交通費￥43568円（一人6224円）滞在費￥63000円（一人9000円）不足分は
各自で補いました。

Ⅶ.参加者による報告

南相木村を訪れて医学部5年牛濵歩

五月晴れと呼ぶにぴったりな青空の下、5月2日から4日まで3日間、長野県南相木村を
訪れた。なぜ、南相木村かというと、そこには、活動的な医師、色平哲郎先生がい
らっしゃるからだ。私はこれまでに直接先生にお会いしたことがなかった。しかし、
インターネット上などで、先生の活動や、ご意見などを拝見させていただいて、その
考えに共感することも多かった。また、自分の理想とする医療の形に似ていると思っ
ていた。そして、今回、海外医療研究会代表の阿部さんから、色平先生のところを訪
ねてみようと思うのだがという誘いを受けて、私もメンバーに加わりたい旨を話し
た。先生が現場で地域の方とどのように関わりながら医療をしているのか、文字だけ
でなく、実際に見たかったからだ。 3日間、色平先生に案内していただいて、村の人
と話したり、先生と同様に地域医療に関わる長先生のお話を聞いたり、合流した他大
の学生も交えてディスカッションをしたりした。ここでは、3日間で私が印象に残っ
ていることを３つに絞って感想を述べたいと思う。まず、色平先生と歴史について
述べたいと思う。私たちは南相木村から10キロほど離れた小海という町に宿を取った
のだが、初日は先生が奥様と一緒に宿まで迎えに来てくださり、診療所まで送ってく
ださった。その車中、小海という名前の由来など、南相木村の歴史などを語ってくだ
さった。また、その夜には、先生をこちらの宿に招いてお話を聞いたのだが、江戸、
明治、大正、昭和を何往復もしながら、また、世界も飛び回りながらのお話だった。
正直、流れについて行けない部分も多くあったが、後に述べる一人の「ちづさん」を
見るのに、ここまで時代背景を考えていらっしゃるのかと、深く感動した。そして先
生のおかげで、その人を立体的に見ることができたような気がする。次に、先生と
村の人たちとの関わりについて述べたいと思う。一日目に、訪れる学生には必ず会
わせる、「ちづさん」という方に会わせていただいた。「かっこいいお年寄り」とい
う紹介で会わせていただいたおばあさんは、一見気立ての良い、おばあさんだった。
色平先生の連れてくる学生になれていらっしゃるのか、私たちの緊張を一瞬で解いて
くださるような笑顔を浮かべながら、ご自分の畑で取れたわさびの花の和え物、煮つ
けなどで迎えてくださった。ちづさんは機織の名手である。若い頃に習った機織を現
在も続けていらっしゃる。ここで、例えばちづさんがある病院に来たと仮定する。
「今日はどうされましたか？」「ちょっと頭が痛くて」「頭が痛い・・・。どんな痛み
ですか？」「ズキズキするんです・・・」と続く。さて、この医療面接で、どこまで彼
女のことが分かるか。年齢、性別、症状、生活環境などは分かるかもしれない。話の
上手な人なら、もう少し奥まで聞くことができるかもしれない。しかし、その人が他
の人とは毎日どんな会話をしているのか、何をしている時が一番楽しいのか、分かる
だろ
うか。色平先生は、ちづさんを紹介するとき、「かっこいいお年寄り」とおっ
しゃっていた。私も彼女を素敵な女性だと思った。それは、何故か。ちづさんは、
確かに何も知らずにお会いしただけでも素敵な人だと思ったと思う。今尚、好奇心旺
盛で、機織という技を持っている。しかし、先生から、ちづさんの生きてこられた時
代背景を聞き、実際にちづさんとお話をしていて、目の前にいらっしゃるちづさんを
立派な方だと実感した。医療者を目指したとき、私は、体に何らかの不安を抱えて
いる方や、病気を持っている方に少しでも安心感を持っていただけるような人になり
たいと思っていた。それは現在でも変わらない。体の不調などで不安がある人の、幸
せ作りをサポートできる人になりたい。将来医師になったとき、患者さんと会って
いる場が病院のみになってしまうことも大いにありうる。何千人もいる医者の中で、
色平先生のようにいつでもどこでも村であったら声をかけて回ったりする先生の方が
珍しいのかもしれない。しかし、病院なら病院で会っている限られた時間でどこまで
話を聞いてその方の全体像を想像できるか、その方の背景を想像しながら診察できる
かが大切だと思った。そしてそうしなければその人の幸せ作りのサポートができない
と思った。 3番目に、長野県の地域医療について。南相木村は、かつて無医村だった
が、現在は診療所に住み込みの色平先生がいらっしゃる。これは村にとっては、かな
りうれしいことであると思う。しかし、3日目にお話を伺った長先生は、反省すべき
点があるとおっしゃった。今の医療は、こちら側から提供してしまったもので、本当
に村の人が必要としていた形になっているのかが分からない。そもそも今の形に村の
人たちが満足してしまって、こういう医療が必要だという村の人自らの気持ちをなく
してしまったと。医療を提供する側としてただ満足せず、その土地に本当に必要とさ
れている医療の形を模索する先生の考えに深く共感した。南相木村に行って、大学
病院では味わえない経験をしたと思う。色平先生のいらっしゃるのは小さな診療所で
ある。機械の不足でできないことも多いだろう。しかし、しっかりと村人の心はつか
んでいて、頭の中に村の人のカルテが刻まれている。小さな村にいながらも、村人や
村の新たな面の発見に胸を躍らせている。そして小さな村から、インターネットを通
じて、世界に発信している。私は、将来どのような場所で医療に携るかはまだ決め
ていない。しかし、この3日間で南相木村を訪れたことで、今までに実際には見たこ
とがなかった現場を見させていただいた。このことは、自分の進みたい方向を考える
のにとても意義のあるものだったと思う。最後に、色平先生を始め、川上村の長先
生、出会った南相木村の方たちに深い感謝の意を込めて、報告としたい。

南相木村地域医療スタディーツアー報告書医学部2年阿部麻理恵

海外医療研究会に入部してから早くも1年が経過した。国際保健に興味がある先輩方
からの刺激が受けたいという気持ちからこの部に入部し、この1年間現場で働いてい
らっしゃる先生
方や意識の高い先輩方から、国際保健に関わらず、多くのことを教えていただいてき
た。この春代表を引き継ぎ、新たな体制のもと、大学内部での勉強会や、外部でのセ
ミナー参加及びそこで得た知識の共有などの活動がスタートした。自分の中でまだ国
際保健というものについての知識が浅いということもあり、まずは勉強会という形で
皆で学んでいく体制をとったのであるが、内容としては、地雷、人間の安全保障、イ
ンフラ、母子保健、小児医療、家庭医、在日問題、など各部員の興味のある話題につ
いてそれぞれが調べて発表する形式となっている。ところが、国際保健に関係のあ
る事柄についてアンテナを張って勉強をしながらも、身近にあるはずの日本の医療の
こともろくに知らない自分がいる。日本の医療の現状をもっとよく理解したいと思っ
た。今回のスタディーツアーは、日本の医療の一部分である地域医療（色平先生は地
域医療は医療の一部分ではなく地域の一役割とおっしゃっていた。）を理解するまで
はいかないが、それについて考えるよいきっかけとすることができた。地域医療は
国際保健と全く関係ないかというとそんなはずはない。日本の地域医療で学んだこと
を、途上国における地域医療に生かしていくことができる。必ずしも日本の医療と海
外での医療を区別して考えなくてもよいのではないだろうか。そのような気持ちのも
と、海外医療研究会において地域医療スタディーツアーを企画した。昨年の夏に
『J.I.フォーラム医療改革を「医の原点」から見つめ直す』というシンポジウムに
参加させていただいた時の南相木村診療所の色平哲郎先生の講演が強く印象に残り、
また、多くの医学生が毎年先生のところを訪れていることを知り、いつかうかがいた
いと思っていた。村のお年寄りを‘かっこいいお年寄り’と表現していて、そんなお
年よりにお会いしてみたくなるとともに、先生自身がどこか人を惹きつけるところの
ある魅力的な先生で、もう一度先生にお会いしてみたいと思った。先生に問い合わせ
たところ、快諾してくださり、今回のスタディーツアーを行うことができた。南相
木村はJR小海駅からバスで20分ほど行ったところに位置する、人口約3000人ほどの村
である。1998年に色平先生が診療所に赴任するまでの20数年間、無医村であり、
PHC(primary health care)、0次医療の村であった。色平先生が赴任してから、
PMC(primary medical care)となり、先生の診療所での診察および往診により、村の
人々の健康が守られている。色平先生が他の地域医療従事者と異なる最大の点は、
地域外部とどれだけ接触しているか、まわりにどれだけ情報を発信しているかという
点だと思う。毎年訪れる数百人の医学生に村社会というもの現実、村の人の生き様を
見せてくださるとともに、ディスカッションを通して、そこで働いていらっしゃる先
生の考えを伝えてくださり、私たちに考える機会を与える。また、先生は外部の講演
会にも参加され、情報を提供している。村の中に閉じこもっていない、視野が広い先
生という印象を受け、それは自分の中で地域医療に対して抱いていた印象と全く異な
るものだった。現地では主に、村の人からお話を伺って村社会を垣間見て、それに
ついて先生とディスカッションしたり、また、他大学と合同で先生のワークショップ
に参加した。（詳しくは前の全体の報告を読まれたい。）中でも、村のお年寄りとお
話することができたことは貴重な経験となった。村社会というあまりよそ者が踏み込
むことのできない場において、その方々の生い立ちや、また
現在の苦労など、本音に近いものを話してくださった。よそ者だからこそ噂や周りの
目を気にせず安心して話してくださるということもあるという。先生もよそ者である
がゆえに村の方々が安心して自分をさらけ出すことができ、彼らのお話を聞き、普段
の生活を知る。先生は、日常を知った上で、いざ病気になった時に本当に助けること
ができるとおっしゃっていた。医者というと、病気になったときに病気の患者さん
を治療するという印象があり、それは事実である。しかし、その患者さんにも元気
だった時があり、日常の生活がある。病気は、もしかしたら、その生活が原因でなっ
たものかもしれない。そのように考えると、その患者さんをよく知ったうえで治療す
るということは、理想的であり、しかも自然なことのように思えてくる。患者さん
も、医者が自分のことを理解してくれているほうが安心するのではないか。しかし、
都会を考えてみると、あまりプライベートなことに干渉してほしくないという風潮も
ある。医者としてどれだけその人の内面に踏み込んでいいのかは難しいことでもある
と感じた。今回あらためてお年寄りを尊敬した。お年寄りというと、弱いもの、昔
の人、といったように軽視されてしまいそうな世の中である。実際お年寄りをそのよ
うな目で見ていた自分がいる。しかし、南相木村でお年寄りとふれあい、その方々の
生い立ちを知った。若い頃があったということを知った。苦労されて生きてきたとい
うことも知った。そして現在に至り、笑いながら私たちにお話してくださった。尊敬
した。お年寄りをお年寄りとしてしか見ていなかった自分を反省した。人には歴史が
あり、その人を形作る多面的な要素がいくつもある。そのことに今気づけてよかった
と思う。私はまだ将来自分がどのような医師として医療に関わっていきたいか定
まっていない。地域医療に従事できるか、というとまだわからないというのが正直な
気持ちである。しかし、そのような状態でありながらも、今回のスタディーツアーの
収穫は大きかった。いろいろなことを経験しすぎてまだ自分の中でまとまっていない
が、今回学んだことをこれから自分なりに生かしていけるよう考えていきたい。こ
の場をお借りして、色平哲郎先生、海外医療研究会の諸先生方、そして私たちの企画
に賛同してくださりこのような機会を与えてくださった三杉先生はじめ横浜総合医学
振興財団の皆様、および関係者の方々に厚く御礼の意を申し上げます。南相木村ス
タディーツアーに参加して医学部2年今井香奈今回、色平先生のもとを訪ねるま
で、正直言って地域医療について考えることはあまりなかった。都心の病院とは違
い、十分な医療設備もないので大変だろうなぁぐらいにしか考えてはいなかった。そ
んな私がこのスタディーツアーに参加したのは、色平先生の元を毎年200名もの学生
が訪れると聞いたからだ。中には何度も足を運ぶ学生もいるらしい。いったいどんな
ことが学べるのだろう。きっとそこでしか体験できない何かがあるのだろう。そんな
好奇心というようなものからが正直なところだが、その何かを吸収してきたい、とい
う気持ちでいっぱいであった。事前に調べた本やホームページの中の色平先生は、
村の人々のために人一倍努力をされている、何事にもまじめで熱心な先生という印象
を受けた。ところが、宿に着いた私たちを迎えにきて下
さった先生は、次々と色々なことを話し出す、とても気さくな方であった。診療所に
着いてまず聞かれたのが、私たちの名前と出身地であった。先生はそれぞれの土地に
ついて、歴史や最近話題になっていることなど様々なことを話してくださったのだ
が、最初から私にはわからないことだらけだった。先生によると、自分の出身地のこ
とをどれだけ知っているかを知ることが大切ならしい。一日目には、一人暮らしを
されている84歳の女性のお宅にお邪魔した。彼女は村の名家の出で、元村長のご主人
を亡くされた後も、家事や畑仕事などを全て一人でこなしていらっしゃる。とても優
しい、まるで自分のおばあちゃんのような方で、私たちのために作ったという野沢菜
やいなり寿司などを勧めて下さった。趣味として続けていらっしゃる機織を見せてい
ただいたり、百人一首を一緒にやらせていただいたりもした。人数が多かったせいも
あり、あまりゆっくりお話しすることはできなかったのだが、村での生活を語ってく
ださるその姿はとてもキラキラしていた。あとで色平先生から伺ったのだが、彼女は
色々と苦労してこられたらしい。戦争を経験し、昔の女性が皆そうだったように、家
庭では妻として、嫁として仕事をこなさなければならなかった。そんな中でも、機織
を習いに行かれたりと、自分から様々なことを学ぼうと努めてこられた。お年をとら
れた今でも、海外から来た学生と交流をもったりと新しいことにも積極的に取り組ま
れている。だからこそ、彼女の話は生き生きとしていて、しっかりとした自分という
ものを持っていらっしゃるのがうかがえたのだろう。二日目は、280年以上も続く農
家のお宅を見せていただいた。茶の間や馬屋、いくつかの座敷などがあり、とても立
派なものであった。なにより、280年もの間人々がそこで暮らしてきたのかと考える
と、柱の一本一本に重みがあるように思えた。その後、旧家における女性の立場に
ついて、その家のお嫁さんにお話を伺った。彼女は以前、都会で生活されていたのだ
が、長男の嫁ということでこの村に戻ってこられたのだ。都会育ちの私にとって、彼
女の話はとても興味深いものであった。緑や川などの自然がたくさんあり、空気もお
いしく大変環境が良い。近所づきあいもあり、困った時にはお互い助け合うこともで
きる。しかし、昔ながらの伝統やしきたりの続く村での生活は、常に誰かの視線を感
じているなど、気の抜けないところも多い。特に外から来た者にとっては、周りの目
が厳しく感じることもあるようだ。話を聞いていた私はムラ社会というものを少し怖
く感じてしまったのだが、彼女はその良い点・悪い点を客観的に見つめて、自分の生
活というものをしっかりと確立されているようだった。今回のスタディーツアーに
おいて、私たちは色平先生とディスカッションをする機会が何度かあった。地域医療
について学びに来たので、医療について話し合うのかと思っていたが、話はそれだけ
にとどまらず、日本の歴史や世界の情勢、メディア論など様々な話題が次々とあがっ
てきた。その中でも私の一番心に残ったのが「人に歴史有り」という言葉である。ど
んな人にも今まで積み重ねてきた歴史があり、今までどんな生活をしてきたかが現在
の姿に自然と表れてくる。人と深くかかわるには、今ある姿だけではなくその人の
バックグラウンドをもよく知ることが重要なのだ。医療においても、現在かかってい
る病気だけを診るのではなく、患者さんの生活環境や趣味、また、健康な時はどんな
生活をしていたのかを知る必要がある。実際、大学病院などではそのよ
うな踏み込んだ医療は難しいだろうが、病気のみに注目するのではなく、人を様々な
角度から見ていくといった精神は、医療のどんな分野にも必要とされているのだと感
じた。また、色平先生は何度も「ぶつかる」という言葉をおっしゃっていた。人と
ぶつかる。壁にぶつかる。先生は具体的なことはあまり教えて下さらなかったが、私
なりに解釈すると、積極的に自分の世界を広くしていくことなのだと思う。与えられ
るものをただこなしていくだけでは成長しないし、面白みもなくなってしまう。わか
らないこと、おかしいと思うことがあれば、どんな相手だろうと質問すればよい。そ
の答えに満足しなければ他の相手にまた聞いてみる。そうして得たものを自分の中で
よく考え、今度はそれを自分のものにしていく。また、考えるだけではなく色々実践
してみる。それがうまくいけばいいし、限界までがんばってもうまくいかないときに
はまた他のベクトルに向かって考えてみる。そうした試行錯誤の中に自分のとるべき
道が生まれてくるのだろう。だから私は、残り少ない学生生活の間、どんどんぶつ
かっていきたいと思う。地域医療とはどんなものか。正直なところ、それほどよく
分かったとは言えない。ただ、地域医療は地域の一役割であって、地域の人々と共に
作っていくものなのだと思った。大学病院などで医療チームが連携して一人の患者さ
んを診ていくのとは異なり、ここでは一人の医者がたくさんの村の人々に見られなが
ら、医療というものを確立していかなければならない。そのためにもまず、村のこと
・人々のことをよく知らなければいけない。そういったことをここで出会った多くの
人から学ぶことができた。しかし、ここで得た一番のものは、いかに自分の世界が
狭いかということである。先に述べたように、若いうちは色々なことを吸収して、自
分の世界を広くしていかなければならない。それと同時に、じっくり考えることで自
分の世界をより深く厚みのあるものにしていきたい。私たちが先生のもとを訪れた
時、他にも何人もの学生が来ていた。その中でも自治医の学生たちは、地域医療とい
うものをもっと真剣に考えていて、先生とも深い話し合いをしていた。私は将来どん
な道に進みたいのか、まだ結論が出ていない。それを決めるにあたっても、もっと
もっと「考える」ということをしていきたいと思う。今回はそういった意味で、とて
も勉強になるものであった。最後に、色平先生をはじめこのスタディーツアーで出
会った人々に心から感謝したい。そしていつか、南相木村をぜひまた訪ねたいと思
う。

海外医療研究会スタディーツアー南相木村(2004.5.2-5.4)活動報告医学部2年杉原淳

2004年のゴールデンウィーク、私たちは長野県東部の小さな山間の村、南相木村を訪
れた。この村の人口は約1600人、世帯数750世帯余り、65歳以上の高齢者は全人口の
35%を超える過疎指定地域である。私にとっては昨年夏、山口県周防大島東和町を訪
れて以来2度目の過疎高齢地域の訪問となった。その際の経験との比較も交えて、活
動報告をする。

■ スタディーツアーの目的今回のスタディーツアーの部としての目的は、地域医療
の現場を知り、そして地域医療と国際保健医療の接点を探ることにある。今回、私
たちの訪問を受け入れてくださり、3日間を通してお世話していただいたのは、南相
木村診療所の色平哲郎先生であった。先生は東京大学中退後アジアを放浪し、医師を
目指して京大医学部に入りなおし、現在僻地診療所の所長を務めていらっしゃる。ま
た、外国人HIV感染者への生活支援、帰国支援を行うNGO“佐久地域国際連帯市民の
会”の事務局長としても活動されておられるという一風変わった経歴を持たれた方
だ。この先生のもとには年間200人近い学生が訪れると言う。部としての目的も勿論
だが、私個人としての今回のツアー最大の目的は、ズバリ「色平先生を知りたい」と
いうことにあった。確かに世界を旅して医師を志され、国際保健の現場で活躍されて
いる方は多い。でもそんな広い世界を見てきた人がどうして狭い日本、そしてその中
でも更に狭い長野の山奥なんかで働いているんだ？しかも東大中退で京大医学部卒？
！しかも国際保健NGOの事務局長？なんなんだ？この人は？この「変わった先生」の
考え方に触れてみたい、ディスカッションしてみたい。きっと今までとは違う「何
か」が得られるはずだ。先生の書かれたエッセイなどを読み、直観的にそう感じた。
エッセイを読み始めたら止まらなくなった。先生の書かれるエッセイの内容は多岐に
わたっている。理想の医療のあり方や医療システムの問題、国際保健から始まり、哲
学や政治経済・国際情勢、果ては村の行事に至るまで。含まれないテーマはないと
いっても過言ではない。こうした内容がそれぞれのエッセイの中で有機的に結びつい
ており、説明しづらいが、何か1本の大きな木のような体系をなしているように感じ
た。「ただ者ではない。何かある。もっと知りたい！」まさにこの想いが私個人とし
て今回のスタディーツアー実現への大きなモチベーションとなったのだ。

■ ツアーの全体像

<研修1日目(5月2日)> 昼過ぎにまずは旅館に到着。その後、色平先生が車で南相木村
診療所へ送ってくださった。到着後、自己紹介をする。その後、この村、診療所につ
いてのテープとビデオを見た。自己紹介では、自分の出身地についての話を深く質問
された。自分の生まれ育った町のことをどれだけ知っているかを知りたかったからだ
という。自分の育った町のことを知ることは、その人の育った背景を知ることにもな
る。はじめこの真意についてよく分からなかったが、後ほど先生とのディスカッショ
ンの中で徐々に理解した。先生が村人の診療をする際、非常に大切にするのはその
「ひと」を知ることである。どのような時代にどのような環境で育ってきたのか、ま
ずはこれを知ることが「ひと」を知る第一歩となる。後々、この態度がいかに重要で
あるかを思い知らされることになった。
その後、診療所の近くに住む先生のお気に入りのおばあさん、ちづさんのお宅にお邪
魔になった。ちづさんは80余歳、夫を亡くしてからは一人で村で生活していらっしゃ
る。広い畑の仕事を一人でこなし、山へ行っては山菜をとってきて料理を作る。20代
に覚えたという機織をして日々の生活を楽しんでいる。ちづさんについて何より驚い
たのは、その若さと柔軟性である。都市で見かける80歳とはまるで違う（勿論一概に
は言えないが）。多少耳は遠いが、ボケや理解力の低下などはまるでない。すべてを
理解しており、ジョークも飛ばす。そして鋭い人間観察力。非常に頭の良い方だ、と
すぐに気づく。そして新しいものに対する柔軟性がある。失礼だが普通の80代は、外
国人に対してある程度距離感を持つものだと思う。少なくとも喜んで家へ迎え入れる
という人はほとんどいないのではないだろうか。ましてや、こんな外国人がほとんど
訪れることがないような山奥ではなおさらである。ところがちづさんは違った。「こ
の前も○○の国の学生さんが遊びに来てねぇ～。楽しかったよ～。」と、こともなげ
に言い切ってしまう。ちづさんの機織を見て弟子入りしてしまった外国人もいるそう
だ。また、ちづさんとはどんな会話でもできる。昔の話から最近のイラク戦争の話ま
で。こうした新しいものに対する柔軟性には非常に驚かされた。「これまでずっと夫
に仕えてきた、これからは私の自由だ。」青春期を苦労して過ごしたというちづさ
んは、今まさに青春を謳歌している。そんな感じがした。趣味がたくさんあり、学生
が頻繁に来ることもちづさんを若く保たせている秘訣なのだろうとも思った。そうそ
う、忘れてはいけない。ちづさん宅では山菜料理もいただいた。これがまたおいしい
！山菜入りおにぎりをペロリと4つもたいらげてしまった。その後、夕食をとり旅館
へ戻る。旅館に色平先生が訪れてくださり、ディスカッションが始まる。ちづさんの
話題一色だった。先生はちづさんの若い頃の生い立ちから、その時代背景を事細かに
教えてくださった。先生の説明は私たちのちづさん像を更に深いものにした。先生の
話は、時代や場所がびゅんびゅんと飛び、さまざまな内容が交差しながら主張に到達
する。論理の筋を追っていくだけでも頭をフル回転させ、整理しながら考えなければ
ならなく、とてもよい刺激になった。裏返すと、精神的に相当疲れたのだが。笑自
己紹介の際、先生が執拗に私たちの生まれ育った町について尋ねてきた理由は、まさ
に今回のディスカッションで理解できた。その人の置かれてきた環境や時代背景、そ
してその人の生い立ちををより深く知り、そして考えることで、その人への理解は深
まるものだ。これを実践したのがあの自己紹介だったのだと気づいた。今回のスタ
ディーツアーにはTBSのTVクルーが同行している。ディスカッションの際は緊張して
しまい、なかなか込み入った議論ができなかった。学ぼうとしている側にとってはメ
ディアの存在はある種束縛感を与え、学びの邪魔になった。こちらが真剣に話し合っ
ているのに、傍観
しているTVクルーが眠そうにしているのにも腹が立った。疲れたのはこうした緊張の
せいもあったか。笑

<研修2日目(5月3日)> 私たちの泊まっている旅館は、南相木の隣町、小海にある。
南相木にはバスで向かうことになる。朝、早めに準備が整ったのでバスが来るのを待
つのではなく、途中のバス停までちょっと歩いてみようという話になった。田舎では
あるが、南相木までの道はきれいに整備されている。これらは村にダム補助金がおり
たため整備できたらしい。人口が2000人に満たない非常に小さな村だが、こうした道
路などの生活インフラがしっかり整備されていることで、村人は生活圏が広がり、流
通も向上し、村にいても不便でない生活を手に入れることができるようになったのだ
と思う。道端にはたんぽぽがたくさん咲いていた。都会ではこれほど群生しているの
は珍しい。天気も快晴で気持ちがいい。今日も楽しい研修ができそうだ。 10時に診
療所に着く。他大学の学生も集まっている。今回、残りの2日間ともに研修を行うの
は、医療系インカレサークル「Icube」と自治医大を中心とした「医ゼミに参加する
会」だ。また、医療ジャーナリストの伊藤隼人さん、そしてNHKのTVクルーもIcube
に同行し、総勢30名を越す大人数での研修となった。軽く自己紹介をし、11時から築
250年の歴史を持つ猿谷家を訪れる。猿谷家は南相木では有名な良家で、家は相当広
い。黒光りをする炉端や、子作り部屋(!?)と呼ばれる日常生活の部屋(中二階という
なんとも怪しいスペースにある)、そして豪華な客間。昔ながらの村の有力者の家と
はどんなものかを見せていただいた。その後、猿谷家の秀さんという方に村の話を
伺った。秀さんが村へ来たのは6年前。村に落ち着いたが、まだ村人としては認めら
れていないという。ここが村という存在の複雑なところだ。村には村のしきたりがあ
り、新参者が村人として認められるには相当の年月がかかる。ひょっとしたら1世代
では認められないのかもしれない。村の中は血縁関係が濃く、親戚関係が重要な役割
を果たしている。たとえば村長選。どこの一族から長を輩出するのか、親戚関係はそ
うした村内部の力関係そのものを示しているともいえる。人の噂が伝わるのも早い。
ある一族のある人の失敗は、一族の汚点として、何世代も語り継がれる。村内部には
こうした古くから刻まれた濃密なネットワーク網がある。一見道路などもきれいに整
備され、生活スタイルは都市生活と特に変わらないような感じを受けるのだが、村の
しきたり、云々といった束縛はいまだ強く残っているらしい。話を聞くと、一体いつ
の時代にタイムスリップしたのだろう？と錯覚を覚えるほどだ。色平先生はこうし
た村の人を「土のひと」と呼び、そうした束縛のない都市生活を営む人々を
「風のひと」と呼んでいる。秀さんは、そうした意味では、村に住んでいながら、
「風のひと」なのだろう。村人の信頼を集める先生でも、所詮は「風のひと」なので
ある。「土のひとになるには1世代じゃ無理だ。数世代にわたってこの土地に住み続
けなければ。」先生のこの言葉に驚かされた。秀さんは私たちとのディスカッショ
ンの中で鋭い質問を私たちに投げかけた。これは今回の研修を通して最も心に残って
いる言葉の一つである。「あなた方は、この村に住みたいと思われますか？」「何が
あれば、すみたいと思われますか？」ドキッとする質問だった。地域医療の現場を
知りたくて南相木村へ、色平先生の元へ研修に来た私たちだったが、所詮は地域医療
というものを外から眺めているに過ぎないことに気づかされたからだ。地域医療、特
にこうした昔ながらの風習の残る僻地医療の現場に入ることはそんなに簡単ではな
い。強い束縛の中に、よそ者扱いの偏見の中に入っていかなければならない。「住め
るか？」と問われ、すぐには「はい。」とは言えない自分がいる。村にいながら、地
域というものを現場で触れながらも、ガラス越しで村を見ていたのだ。自分はあくま
で見学者。そうした意識があったからこそこの問いにドキッとさせられたのだと思
う。現実に村にいながら、現実感がない。スタディーツアーとはよく言ったもので、
あくまで「ツアー」でしかない。色平先生は、よく「地域医療は医療ではない。地
域の一分野だ。」とおっしゃる。地域医療を行うためには村に入っていかなければな
らない。村人に信頼されなければならない。これは見せ掛けだけの「土のひと」で
あってはいけない。村人のことをよく理解できる一人の村人でなければならない。先
生が「ひと」をよく知ろうとするのには、こういう理由があるのだろう。私は、この
村へやってくるまでこうした世界があることをうわべしか知らなかった。東和町へ
行った際も、確かに村人が「噂がすぐに広まって大変よー。うっとうしいわ。」と
言ってみえたのを聞いたことがある。しかし、東和町は、高齢者福祉の充実から一旦
町の外へ出て、再び戻ってきたという方が多い町である。いわば「風のひと」の人口
が多い。こうした町ではやはり、昔ながらの風習といったものは相当薄れつつあるの
だろう。つい最近まで無医村だった長野の山奥とは訳が違った。非常に考えさせられ
るディスカッションだった。その後、診療所に戻り、診療所の前の駐車場でみんな
で食事をとる。「医ゼミに参加する会」の面々とも仲良くなれた。自治医大の方は、
入学されてから15年間先まで将来が決定されている。地域医療に必ず携わらなければ
ならない。こうした方と我々とは置かれている状況も違えば、真剣さ・現実感もきっ
と違うだろう。そうしたことを話し合える時間が
持てれば非常に有意義だったのだろうとは思うが、昼休みは旅行の話など他愛もない
話で終わってしまった。お互い知り合ってまだ1日、そんな深い話はできないから仕
方ないか。結局、そうした話をできる機会には恵まれなかったが、今後、団体交流を
通じて再会できたら、このときの体験をぜひとも話し合ってみたい。昼食後は診療
所に隣接するデイケアセンターでセッションを持った。南相木を含んだ長野佐久地域
の医療の話とそれから派生したPHC(0次医療)、PMC(1次医療)の話、村のおきてなどに
関する話題を聞いた。その後、本当はデイケアセンターの利用者の方と色々お話をし
たかったのだが、TBSの取材につかまってしまい、お話できずじまいに終わってしま
い、非常に残念だった。休憩時間に取材するならまだしも、私たちの大切な研修時間
を割いてまで取材をしようとするTVクルーのパワーに恐れ入った。ここまでくると、
緊張というよりうっとうしかった。その後、再びちづさんの家へ行く。お孫さんも
いらしてたようで、大人数がちづさん宅に押しかけた。とても楽しそうなちづさんを
見て、前日の私の推測はきっと正しかったのだろうと思った。ちづさんのこの元気の
源はバイタリティあふれる学生が頻繁に出入りすることにあるのだろう。しばらくち
づさん宅で遊んだ後、再会を誓って旅館への帰路に着いた。旅館にはTBSの斉藤ディ
レクターが単身で来てくださり、興味深い話がたくさんできた。TVクルーがいる時は
あちらも仕事なので、なかなか話を伺えなかったが、今回は学生と話し合いたくてい
らっしゃったようだ。想像以上に深いことを考えておられる方で、色平先生について
の自分の見解や取材の苦労話を聞いた。丹念に取材をし現実に近づいても、番組とし
て成り立たせるために歪めなければならないもどかしさが伝わってきた。これまで
散々うっとうしい目にあわされていたが、メディアにもメディアなりの苦労があるの
だと分かった。その後、斉藤さんが帰ってのち飲み会をして、夜遅くまで語り合っ
た。

<研修3日目(5月4日)> 朝、荷物をまとめ旅館を出る。その後、野辺山の特養施設を
伺う。途中、霧が濃くなり、迷いかけたが何とか無事到着。それでも遅刻してしまい
迷惑をかけた。ここではIcube、医ゼミに参加する会、そして私たちの海外医療研究
会が合同で大規模なワークショップが開催された。前半のテーマはメディア論。自分
たちがいかに片面からしか物事を見ることができず、多面的に見るとはどういうこと
かを小グループワークを通して学んだ。色平先生に加えて、伊藤さんからもステレオ
タイプという面から小講義を受けることができた。偶然だが、前日の夜飲みながら語
り合っていた内容とダブるところもあり、興味深く参加することができた。後半
は、色平先生と同じく、佐久地区の川上村診療所の長先生とのディスカッションを
行った。話のメインは佐久病院の話だったが、心に残ったのは、地域医療と国際保健
医療の類似性と相互交流の話だった。佐久地域を統括する佐久総合病院は、長野県最
大の病院で、全国でも名の知れ
わたった病院である。はるか昔から先駆的な予防医学に重点を置いた地域医療を行っ
てきた病院で、今では大規模な病院だが、かつては1人の医師が始めた小さな病院
だった。村へ出かけては集団健康診断を、行ったりしていた。集団健康診断は、その
当時全く行われてはいなかった。予防医学的なこうした先進的な取り組みは実は農村
地帯の医療から端を発したともいえる。こうした予防医学的な保健(PHC)/医療(PMC)
というのは、現在途上国で行われている国際保健医療となんら変わりはない。ここに
地域医療と国際保険医療との深いつながりがある。長先生とのディスカッションの
のち、他の2団体は帰り、私たちだけで色平先生、長先生との話し合いを持てる機会
に恵まれた。2時間ほどディスカッションしたのち、私たちも帰路についた。帰りは
みなさんすっかりお疲れ。私はぐっすりお休みモード。2度ほど電車を乗り過ごしそ
うになりながらも無事帰宅したのであった。

■ 得られたもの、得られなかったもの今回の研修を通して得られたものと得られな
かったものを考えてみた。得られたものは具体的に非常に多い。しかし、得られな
かったものは抽象的に更に多い。地域医療を通して国際保健を考える、このテーマ
についていい答えが得られたと思う。色平先生にしても、長先生にしても、共通して
言えるのは、両先生が単なる「町医者」ではないということだ。あんな山奥の、小さ
な村の中にいて視界は常に外、世界に開いている。WHOの標語である”Think
globally, act locally.”をまさに地でいっているのである。そもそも、あんな山奥
という言い方自体がおかしいのかもしれない。地球に中心はない。localとはすなわ
ちglobalである。山奥であろうが、東京のど真ん中であろうが、アフリカの難民キャ
ンプであろうがどこでも世界の中心である。どこにいても、考えることはできる。そ
して、ネットという武器がある以上、どこにいても行動を起こすことができる。だか
らこそ色平先生という先生が「あんな山奥」に住みながら、日本中の医学生に影響を
与え、更には日本の医療システム全体を変革する原動力となりえているのだ。「地域
医療は地域の一分野である」このことは国際保健医療においても同じことが言えると
思う。世界中の過半数を占める貧困地域において、国際保健医療は貧困を克服するた
めの1つのツールでしかない。他、貧困を克服するためには、教育制度の充実やイン
フラ整備、法整備等々社会構築の多くの手段が同時並行して行われる必要がある。こ
うした意味で、医療は社会における必要不可欠な一側面である。地域医療が地域のコ
ミュニティ構築で必要不可欠な一役割であるのと同じように。これが私の今回のスタ
ディーツアーの目的の1つに対する答えである。

反面、得られなかったものは、多くある。「得られなかった」というより「分からな
かった」といったほうがいいだろう。あまりにも多くの衝撃を受けたため、自分の中
で一体今回のツアーで何を得られたのかを文章で説明することが非常に難しい。それ
は「知った」とか「分かった」といった類のものではなく、「感じた」としか言いよ
うがないものだったからだ。冒頭に挙げたツアーの目的について考えてみたい。まず
は「地域医療とは何であるか」という問い、そして「色平先生を知る」ということで
ある。地域医療とは何であるか、これは突き詰めれば、地域とは何であるか、という
ことになる。ここで言う地域とは、「土のひと」が根をはって生きる「土」を指す。
この「土」は、複雑な人間関係が絡み合って作り出されるもので、希薄な人間関係の
集合である「風」に生きる我々には非常につかみにくい。色平先生のもとには繰り返
し訪れるリピーターも少なくない。色平先生が「面白すぎる。」という地域の現場。
地域というテーマに魅せられる人間は多い。しかし実態がつかめない。それだけ奥が
深く、テーマなのだと思う。また、個人的な目的であった「色平先生を知る」ことも
できなかった。私は「色平先生を知った」のではなく「色平先生を感じた」のだ。こ
の研修ではさまざまなものにぶつかり、これまでの価値観を壊される体験をした。そ
れがどんなことか、といわれても言葉にはできない。それだけのインパクトが色平先
生にはあったということだ。先生の世界は広い。それを「知る」ことはたった3日間
では不可能だろう。是非ともまた近い将来、色平先生のもとを訪れてみたい。今度は
必ず前回とは違った見方が、そして違った発見ができるはずだ。

南相木村でのスタディーツアーを終えて医学部１年鈴木景子

華々しい先端医療の進歩、発展がある一方で、世界には、そして日本国内にも無医村
や僻地医療の現場は数多く存在する。先端医療についてはニュースなどで触れる機会
も多いが、その対照的な存在である無医村や僻地医療、地域医療に触れる機会はずい
ぶんと少ないように思う。今回私は、地域医療の現場を見たいと思ってこのスタ
ディーツアーに参加した。スタディーツアー前に私が抱いた、地域医療についてのイ
メージとは次のようなものである。地域において絶対的に信頼をおかれているドク
ターがごくごく限られた人々、つまりその地域の人々を限られた医療器具や医薬品に
よって治療する、というものであった。限られた人々に対してのみにしか医療を行え
ないこと、また先端技術や先端機器から遠く離れた山間の村ということにある種のも
どかしさを感じないのか疑問にも思った。また実際にその地域で暮らす方々の暮らし
にも触れたいと思った。このスタディーツアー中に強く感じたことのひとつは、南
相木村の方々（特にお年寄り方）がとても“立体的”であった、ということだ。かれ
らには光もあり影もあった。村の歴史やしがらみ、そして変えようもない血縁関係が
ある一方で、かれらが豊かな感性や熟達した技、温かな心を持つていたことが私にそ
う感じさせたのかもしれない。かれらには村のしがらみがあるなかでさえ、その中で
個々人の輝きを放っていた。かれらの口から、そしてあるいは色平先生の口を通して
話される、かれらの家や体験や思想についてのひとつひとつによりその人というもの
がより立体的に見えてきた。これは色平先生がおっしゃったなかで印象的だった言葉
のひとつなのだが、“より自由であるはずの都会の人間のほうが実は自由もなく幅の
狭い人間である”、このことを実感した。村の生活はまさに“すれちがいでなくぶつ
かりあい”“顔の見える関係”なのだと感じた。また、色平先生が村での生活が
“面白くてやめられない”とおっしゃっていたことも印象的だった。色平先生はとて
も地域に密着されていた。村の方々との関係や村の“掟”を大切にされながら、村の
一人一人の歴史や役割、思想、個性を学んだ上での、“顔の見える医療”をなさって
いた。また村の行事や手伝い、集会には積極的に参加されているとのことだった。そ
れはスタディーツアー前に私が感じていた、絶対的なドクターの姿ではなかった。あ
くまで自分も村人の一人として、村の方々を尊敬しながら、村人と同じ視線を持とう
となさっていた。このように書くととても大変なご苦労をされているようにも思える
だろうが、色平先生はそれを何事もないかのごとくやっておられた。これは長先生が
おっしゃっていたことなのだが“地域医療というものは医療の一部というよりは地域
の一部であり地域の中の機能である”、ということを色平先生は実践されていた。医
療があるところに患者がくる、といった大学病院や都市の医療とは異なる、人々がい
てその中で医療が存在するという形態が地域医療の大きな特色であるというが色平先
生のおこなわれていることはまさにこのことであった。これは色平先生ご自身が、村
の方々や村を愛する気持ちをもっていらっしゃるから、そして、村の方々や村には人
を捕らえて離さない魅力があふれているからなのだと感じた。そして他ならぬ私自身
も村で出会った方々の温かさや村の歴史、変遷、豊かな自然に強く心引かれたのであ
る。また、南相木村の診療所の検査機器は多くはないが、小海分院や、地域医療や
農村医療の草分
け的存在である佐久病院などと協力して治療を行うことで充分な医療が行われている
と知った。つまり、充分な医療を行うためには南相木村の診療所のような１次医療に
とって、２次３次医療を行う場所の存在が重要になってくるのだと分かった。色平先
生が地域医療を心底“楽しみ”ながら、講演や執筆をなさったり、メディアや私たち
のような医学生を受け入れることによって、地域医療の現場を発信されている姿がと
ても印象的であった。人をステレオタイプでなく多面的に見ることの大切さも学ん
だ。一人の人間をかたちづくるものは数え切れないほどある。相手を“定義”してし
まうことで見えるものがずいぶんと狭まってしまう。人を多面的に見るためにも、多
くのことに“体験”したいと思った。 2泊３日という短い間のスタディーツアーで
あったが、地域医療とは、村とは、人間とは、などと様々なことを考えさせられ、と
ても有意義であった。これからも様々なことに体験することを通じて“自分の持つＸ
軸、Y軸をずらして共感を引きのば”し、“物事の立体視”ができるようになりたい
と感じた。最後になりましたが、色平先生、長先生、ちづさんや猿谷さんをはじめ
この研修中にお世話になった全ての方々、財団の方々に心より感謝いたします。

スタディーツアー＠南相木村感想文看護学部１年磯部彩子

先生たちのところへ訪れる前に抱いていた大きな疑問とは次の二つです。何故、医
学生をはじめたくさんの人々が先生のもとを訪れるのか。先生たちの行っている、目
指している医療とはどのようなものなのか。ということです。南相木村へ行ってみ
ると確かに人里はなれた村でした。車は走っているけれど、やっぱり人はめったに見
かけない。村に触れる一番の方法として色平先生はちづさんというおばあさんのお
家を案内してくれました。初対面なのにちづさんは笑顔で私たちを迎え入れてくれ
ました。旦那さんに先立たれた後は生きがいだという機織を教えてくれ、一緒に百人
一首に興じてくれました。かっこいい老人。色平先生はそう言ったけど、確かにち
づさんから感じられるものは、すがすがしい空気。何故だろう。そう考えてみる
と、それはちづさんが戦前の日本の農村に生まれ、さまざまな苦労を含んだであろう
あらゆる経験を、何の悔いもなく精一杯生き抜いてきたという自信があるのだからと
思いました。先生は人を見たとき、その後ろに一人一人が背負っている歴史、文
化、そのときの政治・・・などなどをも深く広く見る視点を持てと教えてくれまし
た。そういうことによって人は人に敬意と愛情を持つことができるのではないで
しょうか。最初色平先生の言っていることはとにかく難しかったです。先生の頭の
中には世界の歴史も地理も文化も政治も医療も縦横無尽に駆け回る知識があります。
私にはとても最初ついてゆけなかった。けれど最後の日に長先生が、佐久病院の歴
史と存在を語ってくれたとき、お二人の目指し実践し
ている医療の姿というのが見えてきました。その医療というのは「住民とともに」
というものです。住民のために、ではなく、あくまでも住民とともに。医療を行使す
る側と、それに依存する側という分け合った存在同士ではなく、一体となって地域の
自治として医療活動を行う。住民の中に入っていき、普段の生活や、保健、福祉にま
で目を配ることによって、病気を予防段階でなるべく食い止める。そのことによって
医療費も逆に安くつく。それはまさに私たちが望んでやまない医療のありかただと
思います。現在そのような医療はほとんど普及していないというのが現実だとわか
りショックでもありましたが、私たちの望んでいる医療を実践、普及しようとしてく
れている先生たちがいるということはとても心強いことでもあります。また、この
地域医療を実践してゆけば、その地域の活性にもつながってゆくという、医療と村お
こしの関係にも深く感銘しました。村おこしの中枢として病院が存在する、「メ
ディコ・ポリス構想」が、早く各地で実現するといいと思います。そしてそんな医
療を実践しようという意識を持てる人々を作るのが色平先生の言う、「ぶつかり合
い」の経験だと思いました。私たち若者たちは、今いる既存の概念から抜け出して
物事を考えられるような、常に疑問をもって物事に接することのできるような複眼的
な視野を持つ必要があるのだと実感しました。そのために私たちはたくさんの経験と
知識をつまなくてはなりません。そして考えるよりも感じなくてはなりません。最
後に、先生たちのもとに人々がひっきりなしに訪れる理由を私なりに感じた結果は、
やはりお二人が、今ある現状に疑問を持ち、広い視野と低い視点を持って物事を実践
している点だと思います。実践することは私たちに発信してくれているということ
です。私たち若者を揺さぶってこれからの未来のあり方に理想を持って行動しつづ
けることを教えてくれる。それがお二人の魅力であると思います。私もお二人の実
践している「人々の中に」の詩にあるように、「人間として人間の世話をする」とい
うことが一日でも早く実践に移せる日を心待ちにして、今は勉強に励みたいと思いま
す。そして私もいつか「発信できる」人間になりたいと思います。

☆スタディーツアーの感想文

☆ 看護学部１年大久保美紀

私は最初、ただ漠然と「自分にとっていい経験になればいいな」と思って、今回のスタ
ディーツアーに参加しました。看護職として働く上で、たくさんの人と出会い、刺激
しあって感性を磨くことは、とても重要だと考えているからです。実際に私は、今回
のスタディーツアーで刺激を受け、少しですが感性を磨けたのではないかと思ってい
ます。千鶴さんに会ったときの第一印象は、初めて会った気がしないひとだなぁ、
ということでした。千鶴さんは、とにかく明るく、私たちみたいな学生と触れ合うこ
とをとても楽しんでいるようでした。
８４歳には見えませんでした。私たちが「こんにちは」と言うとすぐに「入ってお茶飲
みなさい」と言ってくださいました。今考えると、千鶴さん私たちの名前も聞かずに
いろいろな事を話して下さいました。最終日のグループワークでの自己紹介と同じよ
うに、「自己紹介」とは、ただ「名前」や「所属」をいうのではない、ということを深く感
じました。機織りも見せていただきました。千鶴さんは私たちにていねいに機織りを
教えてくださいましたが、決して間違いを指摘したりするのではなく、自由にやらせ
ていただきました。百人一首をやったときには、私たちのことを気にせず、バンバン
と取っていました。その姿は、まさに自分自身の生を全うしているようでした。色
平先生に「自分が84歳になったとき、あんな風になれる？」と聞かれましたが、私の今
の答えは、「なりたいけど自信がない」ということです。千鶴さんの人柄は、ただ意識
的な問題ではなく、たくさんの歴史的背景があってこそのものです。現代の日本は、
平凡な生活をしようと思えば、何不自由なく暮らせます。しかし、このような環境に
あっても、私は積極的にいろいろな問題(特に看護についての)に取り組んでいき、千
鶴さんのようになるのではなく、「自分として」かっこよく生きていきたいです。二
日目は、280年の歴史を持った猿谷さんの家にお邪魔させていただきました。そして
猿谷さんの話を聞き、地域医療の難しさを知りました。農村には、都会とは違い、土
地によって深い歴史があり、都会から移り住むのは困難です。猿谷さんは都会から南
相木村に移り住んだ経験者として、いろいろな楽しいことや辛かったことを話して下
さいました。話を聞き、農村にはいいことと悪いことがあると再認識しました。最
終日は野辺山の特別養護老人ホームに行き、他大学の学生の方々とグループワークを
し、その後長さんの話を聞きました。正直私はまだ知識不足で、私にとっては難しす
ぎる話だったように思います。このスタディーツアーでは、何度も色平先生の話を聞
く機会がありましたが、色平先生の話は、国を越え、時代を越え、、、、私の頭の中
では常にパニック状態でした。その中でも私が学びとることができたのは、「保健師
(看護師)という存在の重要さ」と「その人なりの背景を見るケア」です。色平先生も
おっしゃっていましたが、患者にとっては医師より看護師のほうが身近な存在です。
だからこそ患者は看護師に対してのほうが、深い話をしてくれるのだと思います。都
会の病院では、看護師が手にした患者の背景を医師に伝えることはないように思いま
す。しかし、それを伝えることは、医師と患者の信頼関係を結ぶ上での心の距離を、
少しでも埋めるきっかけになると思います。結論を言うと、私はこのスタディーツ
アーでは、地域医療を学んだというよりは、人間の芯を見ていく接し方を学びまし
た。それは、病気になり、患者となったその人を見るのではなく、これまで生きてき
た過程を見ることです。それを見ることによって、私は患者たちと人間と人間との付
き合いが出来るのだと思います。そしてもう一つ私が感じたことは、あまりにも私の
知識が少なすぎることです。だから私は、学生である今をフル活用し、たくさんのひ
とと出会い、本を読み、興味を持ち、ぶつかっていきたいと思います。そしてそれ
によって得た知識を知恵に変え、自分自身、濃く深い人間になっていきたいです。
以上