駆ける

SUNDAY NIKKEI ALPHA

医学生引き付ける「もう一つの現場」

南相木村国保直営診療所長 色平哲郎氏(44)

2004年6月20日「日本経済新聞」



年間百人を超す医学生や看護学生が「異色の村医者」を慕って足を運ぶ。

色平哲郎の案内で高原レタスづくりや機織りに汗を流すお年寄りに話しかけ、

戦争経験談に耳を傾ける。

3泊4日の短い旅の中で「人間として人間と出会い、お世話をする」
色平の日常を知る。



人口約1200人の長野県南相木村で唯一の医師。

地域医療の先進病院として知られる佐久総合病院(同県臼田町)から派遣され、

20数年の間、無医村だった山峡の地に初代診療所長としてやって来た。



気さくに村人と話を交わし、診療後にバス便がなくなった患者を車で送る。

自然と住民1人ひとりの家を覚え、深夜の急患でもハンドルを握って駆けつける。

「最期を見取って欲しい」と求められることもしばしば。

だが、地域に受け入れられるまでの道のりは「ぶつかりの経験」の積み重ねだったと
いう。



東大在学中、「技術者か研究者か」という将来に疑問を感じ、海外を放浪。

帰国後、中退して京大医学部に入り直した。

フィリピンの無医村を訪ねるうち、いかに自分が物事を知らないかを痛感。

エイズウイルスの感染者支援にも携わった。



色平のパソコンには「出会い」を求める医学生らからの電子メールが相次ぐ。

「ここでは医師である自分たちが見られる側で、

自ら飛び込まないと何もつかむことはできない」と説く。

診察室での”実践”よりも長い時間を村で過ごすことで、

「医師中心の病院の医療とは違う、地域が主役のもう一つの視点を実感していくこと
が大切だ」。



現場の魅力を若者たちに伝える色平だが、へき地勤務を彼らに勧めることはしない。

「村で学んだことを生かし、病院や行政などそれぞれの持ち場で行動に移して欲し
い」と願う。



6月上旬のある日、色平は2週間に1回訪れる菊池信義(85)そめ江(80)夫妻
の自宅へ往診に出かけた。

「この夏も大勢、医学生たちがやって来ます。

村のみなさんの知恵や歴史を教えてあげてください。頼みます」

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