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構造的暴力と「名誉の戦死」


ご本人の「病識」がないだけに、「痴呆の告知」は「がん告知」よりさらに難しいか
もしれない……。
私は、ご老人に痴呆を告知する際、まず小一時間ほどを費やして同居する息子(娘)
夫婦に
記憶障害が日常生活にもたらす悔しさと困難を説明し、次いで本人の妻(または夫)、
兄弟姉妹と、ゆったり周りを見わたしながら「支えあう輪」に加わってもらう。
最後に本人に「記憶のスイッチが切れたり入ったりする『まだらボケ』だよ」と告げ
る。

「ああ、そうだったのか。自分でも困っていたんだ……」
と本人が周囲に「真情吐露」してくれれば、事後の対応がスムーズにいく。
こうしたあらかじめ手を打つ「痴呆告知」が可能なのは、私の暮らす山の村が、
過疎に見舞われながらも人と人が支えあう「濃密な人間関係」を残してきたからであ
ろう。
このような「良さ」も含めた山村の現状が「中央」に伝わらないのがもどかしい。

地域医療の実践で、山村と並び、あるいはさらに深刻な過疎の状況にあるのが「島」
である。
先日「孤島」で奮闘する医師のテレビドラマを見ていて、ふと、
沖縄の石垣島にある「唐人墓」のことを思い出した。

1852年、島で亡くなった中国人の労働奴隷「苦力(クーリー)」128名の霊を
祀ったお墓である。
苦力たちは、アモイからゴールド・ラッシュに沸きかえるカリフォルニアへ送られる
途中、
米国人船員の暴行、虐待に耐えかね、船長ら7名を殺して船を乗っ取るが、石垣沖で
座礁。
380名が上陸した。
石垣の島民は彼らのために仮小屋を建て、食料や水を与えた。
そこへ米軍艦サラトガを中心とする米英軍が来航し、島に砲撃を加え、
武装兵を上陸させて中国人を捕縛、銃殺した。
島民は、捜索に当る兵士をなだめ、彼らにも水と食料を提供している。
その結果、関係諸国の協議を経て、生き残った172名が琉球の船で中国に送り帰さ
れた。
これを機に「同胞を売るな」との中国(当時清朝)の世論が大いに高まったのだとい
う。 

翌年、サラトガは「黒船」として浦賀沖に現れ、江戸城の官僚たちは上を下への大騒
ぎとなるが、
石垣島民の優れた「事件処理」を認識していれば、もうすこし違った対応ができたの
かもしれない。
日本(本土)の「中央」政府は、唐人墓の史実を歴史教育で教えてこなかった。
単なる「辺境」の偶発事ですませてきた。

では、現代。
世界の「中央」を任ずる米国の「新自由主義」経済政策は何をもたらしているか。

たとえば「食べ物」。
日本は食料自給率4割でも「飽食」が続くが、途上国の「飢え」の状況はます
ますひどくなっている。
世界の穀物生産量は全人類が一日3千キロカロリーを摂取するに十分である。
にもかかわらず、それが公平に分配されていない現実を物語っている。
米国やEUなど穀物輸出大国では、政府が農業に莫大な補助金をつぎ込む。
先進国の農民一人当たりの農業補助金は、フィリピンの農民の平均所得の20倍以上
に相当する。

補助金に守られて作られた小麦やトウモロコシが、
生産コストを下回る価格で「国際市場」に出回り、取引される。
いくら労働コストの低い途上国でもこれでは太刀打ちできない。
途上国の穀物生産者は農地を手放さざるをえなくなり、主食の自給自足が崩れる。
なんとか国際市場に出せる「商品作物」を、自分は「飢えながら輸出」することにな
る。
「自由貿易」を標榜し、一方で自国の農業ばかりを手厚く「保護」するやり口は
「構造的な暴力」となって、飢えと貧困を拡大させている。

日本の「中央」と「地方」の関係も歪んでいる。
「地方分権」は「三位一体」の掛け声ばかりで、具体的な税財源移譲はともなわず、
実体が見えてこない。
東京大学経済学部長・神野直彦教授は、地方分権改革推進会議で「現況」を次のよう
に批判している。
「地方分権の目的やビジョンがない。
税源移譲の先送りで、三位一体改革になっていないばかりか、
いままでの分権の流れを唐突に転換しようとしている。
分権を国の財政健全化の手段にしようとしている。
福祉、教育など住民に身近なサービスを提供する地方の実態を無視しており、
サービス水準の切り下げや地域間格差の拡大につながる」

善意であれ悪意であれ、「中央」だけですべてをコントロールしようとするのはもは
や限界だ。
庶民は、それを体感している。

診療所に来た村の長老が言った。
「最近は、イライラさせられることが多いね。
わしは兵隊にとられて中国、フィリピンと転戦したから飢餓を知っている。
『名誉の戦死』といわれた多くが戦病死、つまり栄養失調からの病気だった……。
最後は食い物だよ。
食い物さえありゃ、人間生きていけるが、なきゃ地獄だ。
日本は食い物を粗末にしているなぁ……地獄の釜のふたの上で踊ってるようなもん
だ。
そんな国から鉄砲かついでイラクに行って、何しようっての。
国内で毎年3万人も自殺してるんだ。
5年で15万人。
世界一の自殺率だってなぁ」

ここ日本にも「構造的暴力」の網の目が張り巡らされている。

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参考:15年戦争で死亡した日本軍人・軍属230万人のうち、
約6割・140万人は栄養失調による病気や飢えであった―
藤原彰「餓死した英霊たち」青木書店


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