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平成15年8月3日
読売・第一社会面


ニュースの海へ

医療の原点  伝える  村一人の医師

年100人超す学生が訪れて



人口約千三百人、その37%が六十五歳以上という長野県南相木村。
この村でただ一人の医師、色平(いろひら)哲郎さん(43)のもとには、
年間百人を超える医学生が訪れる。
大半が休みを利用した自主的な研修で、「大学病院にはない医療の原点」
に触れられると、”リピーター”も多い。
へき地勤務を希望する医学生が全体の4%にとどまるなか、
何が若い学生たちをひきつけるのか。
(古沢  由紀子)


JR小海駅から約十キロ。
標高約千メートル、冬は氷点下10度以下に冷え込むこの村には、
鉄道も国道もない。
色平さんは五年前、佐久総合病院(長野県臼田町)から派遣され、
南相木国保直営診療所の所長に就いた。

「レタスの出荷は、始まったの」。
色平さんは、気さくに世間話を交わしながら、診療を進める。
診療所の隣に妻、三人の子供と一緒に住み、夜も急患があれば駆けつける。

午後からは往診に出ることが多い。
村の中心から約六キロ上った集落の菊池信義さん(84)、
そめ江さん(79)方には、二週間に一回通う。
診察の後、昔の村の様子などを話題に話し込むこともある。
「先生に村にいてもらうと、心強い」。
夫婦は笑顔を見せた。

色平さんを訪れる医学生たちは、大半が口コミだ。
民宿に泊まって診察を見学し、農業などに現役で携わる
「元気なお年寄り」とも交流する。
「医療以前に、人として人と出会い、
ケアするとはどういうことか知ってほしい」
という色平さんの思いからだ。

病棟で高齢者と接し、「お年寄りは弱者」とのイメージを
抱いていた学生も、昔語りを聞き、機織りやわらじ作りを教えてもらううち、
「人生の先輩」への敬意を抱くようになる。

三回も村を訪れている自治医科大五年の小橋孝介さん(22)は、
「相手の人生に関心を持って話をきちんと聞く」
色平さんの姿勢に、強く共感したという。
「大学でも患者さんとのコミュニケーションは学ぶが、
こういう実践の場は少ない」

順天堂大五年の石川景一さん(23)は、昨夏仲間と訪れた。
「こうして現場を見れば、へき地勤務もいいな、
と思う学生も多いのでは」と話す。

色平さんは横浜生まれ。
現役で東大理科一類に入ったが、「企業の研究者になる道が
自分に合っているのか」と悩み、海外を放浪。
帰国後に中退し、地方のキャバレーやパン工場などで働いた後、
京都大医学部に入り直した。

旅先のレイテ島で、現地の医学生から地域医療で有名な
佐久総合病院の名を聞き、卒業後は同病院に勤務しながら、
エイズウイルス(HIV)に感染したタイ人女性らの支援活動に携わった。
「人々の心に残るような手応えある仕事をしてみたい」と、
南相木村の所長に手をあげた。

自分が今あるのは、こうした「ぶつかりの体験」のおかげ、
と実感する色平さんは、学生たちに、
「多くの人に会って、病気や障害の背景に様々な人生があること
を見抜ける医師になってほしい」と望む。
へき地勤務を強く勧めることはしない。
「地域に根ざした医療は、都会でも必要。
その原点が、へき地では見えやすいだけ」と考えるからだ。

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へき地勤務希望は4%

自治医科大(栃木県南河内町)の梶井英治教授らのグループが
昨年九月から今年二月に行った調査結果によると、
全国の医学部生のうち、へき地勤務希望者は4%。
約一万四千人から回答を得て、六月の
日本プライマリ・ケア学会で発表した。

将来、都市部での勤務を希望する学生は全体の84%だったのに対し、
町村部は11%、へき地は4%。
一年生は7%、六年は3%と、
学年が進むほどへき地希望が減る傾向もあった。
4%という数字は、実際にへき地で勤務する医師の割合と合致するという。

同大の調査によると、都会では「医者余り」と言われる中、
過疎法などの指定を受ける自治体の約半数で医師の確保が安定しておらず、
慢性的な医師不足は解消されていない。

調査に携わった同大院生の高屋敷明由美さんは、
「医学部では専門医を目指す教育に偏り、
へき地医療に接する機会がほとんどないのが現状」と指摘する。


写真キャプション  「調子はどうですか」。
色平さんは、往診以外でも村のお年寄り宅を気軽に訪れる

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