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『JICAフロンティア』 2000年11月号

      JICAな人

 

 

    人間として人間の世話をするために

 

 

医師、医学博士、国際医療福祉大学講師

JICAプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)専門家養成コース研修アドバイザー

 

スマナ・バルア Sumana Barua MD,MPH,PhD

 

 

JICAの研修アドバイザーとして、PHC専門家養成コースの立ち上げに携わりました。

このコースは1997年秋に構想が持ち上がり、98年春に第1回を実施しました。

第4回がこの8月に終了し、これまでに35人が「卒業」しています。

 

「できるだけ現場を回り、村人の生活や心に触れる体験を」。

こうした気持ちでカリキュラムを組みました。

1カ月あまりの日程で、講義を受けるほかに、

私の母校であるフィリピン国立大学医学部レイテ校で

地域実習に取り組むというコース内容になっています。

 

 

 

村を知り、村人から学ぶ

 

私はバングラデシュの貧しい農村の生まれです。

子どものころ、仲の良かった近所のおばさんがお産のときに亡くなりました。

とてもつらい経験でした。

「よし、将来必ず医者になって村人の健康のために働こう」。

そのとき、心に決めたのです。

私は12歳でした。

 

京都の大学に留学中の兄を頼って来日し、

医学を日本で学ぼうと考え、いくつかの医学部を見学しました。

すると、最先端の医療機器が並んでいる。

これでは、電気もなく、きれいな水もない私のふるさとでは、

学んだことをそのまま展開することはできないと気づきました。

 

さまざまな大学を検討し直し、最終的に選んだのが、

当時からPHCの実践教育に取り組んでいたフィリピンのレイテ校でした。

同校の学生はまず、助産婦の資格を取り、地方の村で働きます。

次は保健婦の勉強をして、また村に戻る。

医学部で学ぶのはその後です。

看護教育と医学教育とが、直線的な「積み上げ」になっています。

学校と村とを往復し、習ったことを村人のために役立てるのです。

 

この「はしご式カリキュラム」を進んでいく際には、

そのつど村人による推薦が必要になります。

これは、医療従事者が患者や、

患者を取り巻く地域社会をトータルな視点で捉える訓練を受ける場ですが、

同時に、村人たちが医療従事者を自前で育て上げる制度でもあります。

「同じ人間として、ケアする側とされる側との垣根をなくし、

ケアされる側の主体性を尊重する」

――10年かけて215人の赤ん坊をとりあげて医師になった私が体得した理念です。

 

国際協力の場面でも同様ではないでしょうか。

お金だけ渡せばよい、モノだけあげておけばいい、

という姿勢であってはいけないと思います。

せっかくの善意を生かすためにこそ、あえて苦言を呈します。

 

 

 

自分自身を問い直す

 

国際保健協力の現場では、「医師」や「看護婦」などの専門性が

必ずしも必要とされていない場合もあります。

むしろ「食事の前にはしっかり手を洗ってから食べましょう」

とお母さんたちに粘り強く繰り返し教えるような、

地道な現場レベルの取り組みこそが重要な場面が多いのです。

それだからこそ、現場に足を運んで現地の人々と接し、

彼らの思いや立ち振る舞いについて学びとる姿勢が求められています。

 

故中川米造先生(大阪大学名誉教授)は、

「人間のこと、社会のことを知らずに医者になっていいのか」と訴え、

専門家にとっての「社会性教育」の重要性を強調しました。

若いうちにこそ、「人間として人間の世話をする」ことを学ぶとともに、

広い世間や世界を知るためにも旅をすることが大切だ、と私は考えています。

 

これは、専門家である前に、ひとりの人間である

自分自身のアイデンティティを問い直すことにもつながるでしょう。

 

“Who am I? 

Where did I come from? 

How did I come here? 

Where shall I go from here? 

How shall I go there?

What shall I do there?

 

こうした問いを自問しつつ、苦労して自分の道を開いていく。

それが、PHCに限らず、あらゆる分野の国際協力の実践において

重要なのではないでしょうか。 

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