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農業、食の安全、環境、労働者の権利:

失われつつある価値をどう守るか

              ロニー・ホール(地球の友UK)

 

自由貿易と、食糧と農業

ヨーロッパと日本の市民が自由化交渉の中止を要求する必要性

 

◆問題

 

 ここにいる皆さんの全員ではないとしても、多くの方が、昨年シアトルでWTOの

世界貿易交渉が潰れたことをすでに知っていると思います。また、新聞記事や政府側

官僚らの発言などを通じ、次のようなメッセージを再三受け取っていることでしょ

う。「シアトルの街頭で抗議していた連中は、他人のことなど何とも思っていない北

側の金持ち連中である。そして、自由貿易は実際上、世界の諸問題を解決する唯一の

方法である。したがって、我々はできるかぎり早急に貿易交渉の新たなラウンドを立

ち上げる必要がある」というものです。私は、この主張のどの部分にも同意すること

ができない、と申し上げねばなりません。私が今日ここにいるのは、なぜ五万人もの

人々がシアトルの街頭でデモを行ったのか、なぜ世界中の何百万もの人々が貿易交渉

の新たなラウンドに反対しているのか、そして、私たちが、なぜ自由貿易が解決策で

ないと考えているのか、について皆さんにお話しするためです。

 本当に問題なのは、自由貿易が、理論上は完璧であるかのように思えることです。

この理論の大筋は、より自由な貿易はすべての国に恩恵をもたらすというものです。

それぞれの国が得意なものの生産に特化し、相互に利益となるような条件で貿易をす

れば良いというのです。また、市場を開放すれば企業同士の競争が激しくなり、それ

が企業に変革を迫り、資源のより効率的な利用や価格低下が促されるというのです。

物価が下がれば、私たちはもっとたくさん買い物をするようになり、それが国の経済

を押し上げる。そして、その恩恵はすべての人々に行き渡る(トリクルダウン:階層

の上から下の方に徐々に浸透して行く)という結果を生むというのです。つまり、す

べての人々が自由貿易の恩恵を受けるということです。

 この論議があまりに魅力的であるため、政治家やエコノミストらがこの議論に激し

く執着するのも当然といえば当然です。問題は、ご存知のとおり、実際の生活では、

ものごとはそれほど単純ではないということです。だからこそ、シアトルにおいてこ

れまでのやり方が変更を迫られたのです。シアトルの一件は偶発的なできごとではあ

りません。予告こそなかったにせよ、この一件は、自由貿易論者らに大きなショック

を与えたと言えるでしょう。シアトルの街頭に何万人もの人々が集まったのは、世界

中の数多くの人々の経験からすれば、自由貿易とは完全なものなどではなく、まった

くその反対であったからなのです。

 人々が、そして特に第三世界の人々が、現行の貿易自由化を問題視している理由は

さまざまです。しかし、ここではその二、三の例に触れる時間しかありませんので、

私はヨーロッパの事例に焦点を絞って話そうと思います。なぜなら、ヨーロッパと日

本は、世界貿易に関して非常に多くの共通利害を抱えているからです。しかし同時

に、自由貿易が潜在的に抱えている問題と、いくつかの特定の問題との両方について

触れたいと思います。なぜなら私は、自由貿易が抱える基本的な欠陥について、しっ

かり理解し、対処していかねばならないと考えているからです。

 自由貿易の基本的な問題は二つです。一つは、公正でないことであり、もう一つは

持続可能でないことです。

 

◆自由貿易は公正ではない

 

 では、なぜ公正ではないのか? 基本に立ち戻れば、自由貿易が企業と投資、つま

り資金による商取引に焦点を合わせているためなのです。このことが意味しているの

は、資金を持っていない、あるいは現金収入を生まない経済活動に従事している場

合、この方程式には全く反映されないということです。世界貿易が拡大する中、同時

並行的に貧困と不平等も拡大している理由を、このことに関連付けて説明すれば長い

話しになります。いずれにしても、世界貿易は、より貧しい人々、あるいはこのシス

テムに影響を及ぼすことのできない人々を犠牲にしながら、投資する資金を持ってい

る人たちに利益をもたらしているのです。

 この悲しい事実は、1975年から1999年末までの間に世界貿易が3倍に拡大する中、

世界で最も裕福な30カ国では一人当たりの資産が増加したのに対し、最も逼迫してい

る最貧30カ国の一人当たりの資産が減少したことに端的に表れています。不平等は、

国家間で拡大すると同時に、一国の中においても悪化しています。たとえばイギリス

では、貧困線を下回る生活水準にある家族の数が1980年代に60%も増加しました。国

連開発計画(UNDP)はこの現象を、失業や雇用不安、および国境を越えた吸収合併や

買収という、まさに貿易自由化がもたらしている事象と関連づけて説明しています。

 また、ある国が比較優位を持つモノやサービスを生産することで常に利益を上げら

れる、という自由貿易理論の基本教義の一つが、もはや真実ではないことがますます

明らかになってきています。現実には、投資資本がボタン一つで世界中を駆けめぐっ

ているのです。誰でもこのことを知っており、アジア金融危機はその典型的な例で

す。投機家たちが不安を感じた途端、どれだけ素早く資本がアジアから逃げ出したこ

とか。

 まったく同じことがヨーロッパでもイギリスでも起きています。基準引き上げや賃

上げが話に上っただけで、越境移動をものともしない巨大企業が転出をほのめかすこ

ともあるでしょう。ヨーロッパでは、生活のための雇用という考え方はなくなり、話

されることと言えば、外国からの投資や、柔軟な労働市場、下請け契約、そして(労

働者の)再教育といった話題ばかりです。さらに、私たちが声を大にして抗議すべき

なのは、企業の転出という問題です。国内総生産(GDP)が伸びているとしても、

私たちの活気は奪われつつあるのです。私の意見では、これは多くの人々が望むよう

な経済安全保障ではありません。

 小さな会社もまた危機を感じています。巨大な多国籍企業と競争することなど全く

不可能なのです。吸収合併や買収がますます急速に激しく行われるようになり、状況

は日を追って悪くなっています。現在、わずか500社の企業が世界貿易の3分の2を占

めているのです。

 結局のところ、自由貿易が金持ちの国、金持ちの会社、金持ちの人々に利益をもた

らしているのは明らかです。私の同僚の言葉を借りれば、自由貿易が国家間の架け橋

となっていることが事実だとしても、その橋はネコの島とネズミの島をつなぐもので

あり、ネコたちを喜ばせるものなのです。

 

◆自由貿易は持続的ではない

 

 自由貿易についてのもう一つの基本的な問題は、最初にも触れましたように、自由

貿易がまったく持続不可能だということです。世界経済、つまり私たちの経済は資源

に依存しています。そして私たちが資源を消費している速度は、今の技術革新を考慮

に入れたとしても到底持続できるペースではないのです。

 いくつかの例をあげましょう。私たちは皆、食糧や木材、鉱物に頼って生きていま

す。ところが、現状は以下のようになっています。

 

・世界の農地のうち、12億ヘクタールが過去45年の

 間にひどく劣化してしまい、平均的な農民では回 

 復させるための費用を負担できなくなっています。

・世界の主要な15海洋漁場のうち13の漁場が、乱獲

 などで危機に瀕しています。

・1990年から1995年までの間に、地球全体で5600万

 ヘクタールの森林が失われました。

・石油やガス、石炭、銅などの金属と化石燃料の一

 部は、今後50年間で枯渇すると予測されています。

 

 良い状況ではありません。実際、世界の全人口が、ヨーロッパ人や日本人の現在の

消費水準で資源を消費するようになれば、2050年には、必要な資源を供給するために

は、地球が8つ必要となるでしょう。しかし地球は一つしかないのです。これは不変

の事実です。経済に対する今の考え方のベースとなっている「成長のための成長」は

解決策ではないのです。

 

◆ヨーロッパと英国における食糧と農業

 

 私が今述べてきた問題の端的な例を、ヨーロッパの食糧と農業に見出すことができ

ます。食糧と農業の問題は、私たちが今日話し合うのに最適な問題だと言えます。な

ぜなら、食糧と農業は、ヨーロッパや日本に住んでいる人々にとって、多分もっとも

重要な二つの問題だからです。

 まず農業についてですが、シアトルに向けた準備期間に明らかになってきたことの

一つに、南の国と北の国の両方で、小規模農家が同じような問題に直面しているとい

うことがあります。もちろん、生計と食料を農業から直接得ている人口の多い南の

国々では問題の規模はかなり違ってはいますが。つまり北でも南でも、農業に関する

WTOの新たなルールによって、すべての小規模農家が巨大な多国籍アグリビジネスに

太刀打ちできなくなり、多くの農家が離農し続けているのです。

 世界中の他の国々と同じように、イギリスでも農業は危機に瀕しています。1950年

代以来、小規模農場の半分が失われてしまいました。小規模農場はもはや大規模な集

約的農業に対抗することができなくなっているのです。それは小規模農家がそれだけ

の規模を持っていないという単純な事実によるものです。たとえばイギリスの農家が

国際市場で利潤を上げるには、約325ヘクタールもの広い農場を持つことが必要で

しょう。もともとはヨーロッパの食糧自給率の向上を目的としていたヨーロッパの共

通農業政策(CAP)をもってしても、この状況はほとんど良くはなっていません。

なぜならば、私たちがキャップと呼んでいるこの共通農業政策は、大規模で集約的な

食糧生産を積極的に支援しているのです。私は、日本での状況も同様であり、多くの

人々、そして特に農業地帯の人々が、稲作農業の将来を心配しているのではないかと

推察しています。

 それでは、WTOがこうした現実に対してどのように作用しているのでしょうか?農

業は、WTO協定の中心を占めており、現在も農業に関する貿易交渉がまさに進めら

れているところです。皆さんの中にもご存知の方がいるかとおもいますが、ケアンズ

・グループとして知られる国々は、主に北側諸国、特にヨーロッパ諸国で実施されて

いる農業補助金を撤廃させようとしています。これは難しい問題を提起しています。

農業補助金にはさまざまな種類があり、なかには生産コストを下回る価格でのダンピ

ング輸出や農薬使用の増大につながる悪い補助金もあります。しかしその一方で、農

村社会の中心的な存在である小規模農家は、何らかの支援策が提供されなくては生き

延びることができないのです。今後、WTOの下で小規模農家はこのような支援を受け

つづけることができるのでしょうか?

 このことに関して、イギリスでは明るい予測は立っていません。トニー・ブレア英

首相は最近、満員の国民会議の聴衆に対して、グローバリゼーションは不可避な現象

であり、また農民を救済する政策も考えていない、と表明して農民たちに衝撃を与え

ました。貿易の自由化の現実は、ついに先進国にも打撃を与えるようになったので

す。

 フランスでは、状況は僅かながら進歩的です。農民らはかなり前より、世界貿易の

ルールが農民にとってプラスではないと認識していました。実際、わずか1週間前に

は、フランス農民運動のリーダー的存在であるジョゼ・ボヴェに対し、昨年南仏で起

きた暴動への彼の関与についての訴訟が開始されました。同地の農民らは、牛肉を巡

る米国とEUとの間の貿易紛争の結果、ロクフォールチーズ(羊乳製青かびチーズ)と

して知られる南仏の小規模農家で製造されている特産のチーズの対米輸出に対して厳

しい貿易制裁を受けたことに対して怒り狂っていました。経済のグローバリゼーショ

ンという最近の潮流に対する農民らの不満が爆発し、その象徴と目された地元のマク

ドナルド・レストランが破壊されたのです。ジョゼ・ボヴェに対する判決は6月30日

に言い渡される予定です。

 食糧を生産している人口より、それを食べている人口の方が多いという明らかな理

由から、ヨーロッパでは食糧そのものの品質と安全性という問題はさらに激しい議論

を生んでいます。ヨーロッパの人々は、食品に対して高い安全性と衛生管理基準を望

んでおり、また工業的な食糧生産には強い不信感を持っています。皆さんもご承知の

「狂牛病」を経験した後のイギリスではことさらです。

 このような状況を考えれば、遺伝子組替え食品を輸入したり栽培することにヨー

ロッパ人が強く反対していることは至極当然のことです。日本と同じように、ヨー

ロッパにも遺伝子組替え(GM)食品の輸入を制限し、表示を義務付ける規制があり

ます。しかし、ご想像どおり、米国のバイオテクノロジー産業はこれらの規制に強く

反発しており、私たちがこれらの規制を維持することができるのかどうかを巡るの争

いが立て続けに起きています。事実、ヨーロッパと日本は、これらの規制について

WTOにおいて提訴される可能性もあります。

 

◆解決策

 

 大事な問題は、私たちはどうすればよいのか、ということです。このまま行けば私

たちに未来はなく、その解決策が簡単には見つかるわけではありません。実際、答え

は一つではないかもしれません。しかし、だからといってグローバル経済に方向転換

を迫るための方策を考え始めることができないということではないはずです。

 最も重要なことは、企業利益とビジネス・ニーズが優先されてはならないというこ

とです。企業もまた、健全な世界経済の一部を構成していますが、最も重要なのは

人々であって企業ではないのです。「成長のための成長」は解決策になり得ないので

す。私たちは、新しい目標を設定しなければならず、その目標とは、人々とその環

境、および人々の権利を中心に据えたものであるべきです。私たちは、その目標を達

成するために、必要とあらば市場メカニズムと規制を活用する必要があるでしょう。

そのときに指針となるのは、予防原則などのいくつかの基本的な原則です。

 私たちは資源の利用と需要を減らし、さらに、資源がより公平に人々に分配される

ことを確実にすることで、長年にわたる資源を巡る争いをなくさねばなりません。

 私たちは何にもまして、公正で持続可能な経済活動を必要としています。つまり、

小規模な地方経済を圧殺せず、苦労の末に実現した健康や環境保全のための基準を引

き下げないような経済活動です。

 私たちは、貿易交渉の新たなラウンドに断固として反対しています。この新たなラ

ウンドは悪い状況をさらに悪くするだけです。また、「地球の友」は、農業と食糧の

問題をWTOから完全に除外するよう求めています。食糧の生産と消費は、私たちす

べてにとって、私たちの生計、文化、農村の暮らし、そして農村の景観という面から

してもあまりに重要であり、貿易を優先するわけにはいかないのです。しかしWTO

では、何にもまして貿易を優先しています。「地球の友」は、農業・食糧貿易の新た

なあり方を提案し、実現を迫っています。それは幅広いさまざまな影響を考慮した提

案ですが、最も重要なことは、世界市場において食糧のダンピング輸出を止めさせる

ことです。私たちの提案は、WTOがなくなればさらに良い形で実現できると確信して

います。

 

◆ヨーロッパと日本の世論

 

 これが私からの提案であり、私たちはこのような立場から一緒に始められるのでは

ないでしょうか。私たちは国際貿易の恩恵を―少なくともこれまでの経済概念からす

れば―受けている国に住む者同士です。日本とEUは、自らの市場を保護しつつ他国

の市場を開放させることに力を入れています。その国内および外国への影響を考えて

いないことは明らかです。私たちは、「新ラウンド交渉」を立ち上げることで貿易自

由化というアジェンダを先導している日本とEUという二つの経済ブロックに住む人間

です。そして私たちの責務は、自国政府に対して、政府の方針に同意できないと伝え

ることなのです。

 しかしまた、少なくともヨーロッパでは、これは広く一般に支持されている意見で

はない、ということを皆さんに申し上げます。政府官僚は、自国の大企業にとって最

善のことを望んでいます。彼らは、自由貿易という説得力のある神話によって、その

選択がすべての人々にとっても良いことなのだと勝手に信じ込んでいるのです。私た

ちは、彼らに対し、彼らは間違っていると知らせる必要があるのです。

 私たちが一致して行動しつづけることができれば、そして私たちのすべてが、世界

中の市民の間でこの行動を発展させ、理解を深め、対話を続けるのための道具として

インターネットを利用し続けるならば、私たちは一つの強力な連合勢力として、この

自由貿易という時流にストップをかけることができるでしょう。私たちはこの行動を

シアトルで開始しましたが、今後も継続していかねばなりません。

 日本の皆さんは、これから3週間のうちにG8諸国の首脳が毎年開催される経済サ

ミットのために沖縄に集まるという、またとない好機を迎えるわけです。首脳たちが

WTOと新ラウンドについて論議するのはほぼ間違いありません。皆さんにとって

は、日本の国会議員と官僚たちに対して手紙を書き、できるだけ明快に「新たなラウ

ンドはいりません」とか「農業と食糧はWTOから除外してください」と、伝えるま

たとないすばらしい機会なのです。

ありがとうございました。

 

 

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