私の視点

2002年4月7日「朝日」

医療改革
「長野モデル」を全国に


色平哲郎 いろひら てつろう

南相木村国保直営診療所長(長野県南佐久郡)


長野県の山村に、家族5人で暮らしながら村の医療に取り組んでいる。
都会育ちの私だが、こちらの水にもだいぶなじんできた。

田中康夫・長野県知事から、県の「保健・医療・福祉」の
グランドデザインを描く保健医療計画策定委員会の委員を委嘱され
「霞が関主導とは異なる改革案を」と要望されている。

長野県は平均寿命が全国で男性1位、女性4位の長寿県でありながら
老人医療費は全国で最も低い。

少子高齢社会で国の医療福祉施策が激しく揺れる中、
この好成績を「長野モデル」としてどう持ちこたえ守っていくのかが課題である。

若月俊一・元院長を中心に地域医療を推進してきた佐久総合病院や、
テレビドラマにもなった「がんばらない」の著者、
鎌田實・病院管理者の諏訪中央病院の例を引くまでもなく、
長野県は医師や保健婦たちが気軽に村や町に出かけ、
道端で血圧を測るなど「出前診療」に積極的に取り組む
プライマリーケア(第一線医療)医が伝統的に多い。

また、濃厚な人間関係の家族の支えもあり、
患者は自宅で医師と向き合い、
生まれ育った村で静かに息を引き取ることができる。

長野が長寿県でしかも医療費を抑制できているのは、
保健医療分野で意欲的な先達が、ムラ社会の良い機能を活用して、
地域密着型医療の予防と早期発見に努めてきたからだろう。

一方、小泉政権は「聖域なき構造改革」の旗のもとに、
医療の分野にも競争原理を持ち込み、
企業などの病院経営も容認する方向だ。

厚生労働省は医療費抑制の一環として、入院ベッド数を、
今後10年程度で約半分に削減することも検討し始めているようだ。

医療を取り巻く環境を見ると「白い巨塔」として名高い大学教授を頂点とする
徒弟制的な「医局講座制」に限らず、大胆な改革が必要で改善すべき点も多い。
しかし、小泉改革が目指す方向は、改革すべきでない分野も
「改革」してしまっているように見える。

たとえば、4月から診療報酬が「全国一律に」マイナス改正された。

長野県はこれまで、子供まで含めた全体の医療費も低く抑えてきた。
しかし、医療費の高い他県と同様に、一律に診療報酬が引き下げられ、
今後、医療機関の経営は確実に悪化するだろう。

「医者はもうかる」というのは一部の開業医だけの話だ。
長野県でも、民間の医療機関は、
利益の上がる部門と、必ずしも利益が上がらない公益的な部門
(保健・小児・精神・救急)を組み合わせて、なんとか経営を維持している。

しかし、診療報酬の引き下げで、
そうした医療を推進してきた県内の優良な医療機関でさえ、
採算面から、これまでのやりかたは難しくなりかねない。

診療報酬引き下げで、国の医療費総額を一時押さえ込めるのは確かだ。
しかし、医療機関は、経営難から経済力で患者を選別する方向を強めるだろう。
年金生活者など経済的弱者を路頭に迷わす方向にむかい、
高齢者が安心して死を迎えられる場所は減ることになる。

医療費総額など、わかりやすい数字に大なたをふるうことはたやすい。
しかし、「長野モデル」を充実・発展させていくことが、
医療のあるべき一つの道ではないだろうか。

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