子縁

学校を地域の基地に


先日、小学五年生の長男と村の公民館で卓球をした。
息子がうまいのにはびっくりした。
同居してはいても、普段忙しさにかまけていて、
子育「て」に参加しているとはいえないようだ。
息子と久しぶりに接して、子育「ち」、
つまり子どもの成長ぶりを知る良い機会になった。

「せかさない」「怒らない」「話を最後まで聴いてくれる」――。
ある小学校でおじいさん、おばあさんと一緒に勉強した子どもたちの感想である。
これは普段、私も含めた世のお父さん、お母さん、学校の先生方が、
子どもを「せかし」「怒り」「話半分に聴く」という現状を示しているのだろうか。
はっ、とさせられた。

この学校では「余裕教室」を地域に開放し、
近所の大人たちが運営する公民館スペースとして提供しているという。
大正琴を学ぶ女性たちは、音楽の授業中の子どもたちと合奏する。
発表会も一緒なので、練習にとても熱が入るようだ。
公民館といえば、通常、生涯教育の中核施設と位置付けられるのだが、
ここでは小学校と融(と)けあっている。


来年春からいよいよ学校が完全週休二日となり、
「総合学習」が本格導入されると聞く。
教科書なし、マニュアルなし、何をやってもいい。
体験学習と地域の教材を重視するのだという。
どうなっていくのだろう。
家族で一緒に過ごす時間は長くなるだろう。
家庭に戻ってきたはいいが、テレビゲームばかりやっていたら学力の方が心配だ。

千葉県の海辺、埋め立て地の小学校に、友人が子どもを通わせている。
彼によると、学校教育と社会教育とが融けあう「学社融合」
なる取り組みが進行中だという。
新開地に開設された地区の小学校には、池や田んぼ、井戸がなかった。
子どもたちが普段接して学ぶべき自然環境が不足していると考えた校長が地域に声をか
けたところ、
東北や北海道出身の男衆が名乗り出て、学校に魚のいる池と豊かな稲の実りが実現した。
PTAのお父さん方ばかりではない、地域のおじさんたちも参加する学校づくりになった。
子どもの存在がご縁になって知り合った人々が、クラブ活動を始めた。
「子縁」と彼は言う。
自分の子どもがもう遊んでくれない年齢になっても、
小学校に行けば陶芸を、合唱を、スポーツを一緒に学ぶ子どもたちがいる。
近所のスーパーに行けば、顔見知りの子どもが卒業後もあいさつしてくれる。
子どもたちは卒業しても、地域の大人は卒業しない。
「素敵な小学校づくり」に参加したいという熱意から
得意技を提供したい大人たちが名乗りをあげる……。

彼の小学校では十年前、「人材バンク」に取り組んで失敗した。
自分ができることと、それを子どもたちに教えることとでは、やはり異なるだろう。
そう謙虚に考えて、地域の大人たちはなかなか名乗りをあげることができなかった。
やっとの思いで人材バンクに登録しても、
学校側にも都合があり、必ずしもお呼びがかかるわけではなく、
思いがすれ違ってしまった……。
日常の授業内容をもっと充実させるためにどうしたらよいのだろう。
そう真剣に悩んだ末、「どなたでもお越しください。
まったく、皆さんのご都合で結構です。
空いた時間にご参加ください」
と呼びかける姿勢に切り替えることにしたのだという。

ドライな現代社会にあってこそ、そこを生き抜く力をつけるために、
学校を基地に「素敵なふるさとづくり」に取り組むことが大切になるのではないか。
ボスのいない街づくりとタブーのないPTA活動を築き上げることが肝要だろうと感じ
る。

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