美しい国土

里山の景観に人癒す力


8年前の秋、妻と三歳の息子と一緒に、インドネシアの農村を訪れた。
ジャカルタから夜行列車に乗った。
車中で一泊し、真っ暗な夜が明けると、窓の外は緑一色だった。
みずみずしい早朝の森の中を、列車がゆっくりと走る。
時折鉄橋を渡り、熱帯雨林を抜けると果樹園になり、また森に戻る。
鉄路のカーブのかなたには、岩山が水蒸気にかすんでいる。
今も忘れられない、すばらしい熱帯の光と緑だった。
ジャワ島中部の高原都市にあった知人の自宅のバルコニーの外は、
地平線まで人工物がまったくない。
天然そのままで、こんな景色は絵はがきにもないと思った。

20年前に訪れた英国北西部・湖水地方も、今でも思い起こす場所だ。
ウィンダミア湖畔は「美しい国土」そのものだった。
森があり、丘が、野原があり、蛇行する川がある。
人々が手を入れ、努力して維持してきた「自然」だった。
周囲360度が絵になる、という稀有(けう)な体験。
ここまで美しいと、ゴミや吸い殻をポイ捨てすることなど、思いもよらない。


学生時代は京都で過ごした。
暑さ寒さを別にすれば、散策する小道があるのが、一番の魅力だった。
育った東京の郊外では、
武蔵野がコンクリートで塗りつぶされていくのを目のあたりにした。
美意識から遠い景観になりはてて、目をそむけながら通学したものだった。
京都ではその点、時々は目をそむけたが、
石畳や砂利の道を歩くのが心地良かった。
夏の東山三十六峰、賀茂川から雪の北山、雨宿りしながら見た稲光……。
美しい国土は、ここにもあった。

今、私たち家族五人の住む村は、千曲川をさかのぼった中山間地にあり、美しい村だ。
自然は多彩でしかも、季節によってさまざまな顔を見せる。
山の村に住んだおかげで、流れる雲と山々の色彩の移り変わりを毎日楽しんでいる。

村に実習に訪れる医学生さんに、こうお願いしたことがある。
「村内で皆さんがきれいだなあ、と感じる光景ではなく、
周囲とそぐわないなあ、と感じる景色を、写真に撮ってきてください」と。

すると、不思議と行政機関が作った建物や看板ばかりが写っている。
村人が長い年月かけて作り上げた里山の景観や、農作業をしている山の畑は、写ってい
ない。
周囲とそぐわない、と学生さんが感じたのは現代の人工物ばかりであった。
山の村では長く電気がなく不便だった。
また電気が来てからも大風が吹くたびに停電し、復旧の苦労話が伝わっている。
だからこそしっかりした電柱や高圧線は近代のいぶきそのものであり、
大歓迎すべきものだったのだが、村外の方の感覚はだいぶ違う、と気づかされた。


「建築」と訳されるアーキテクチャーの原義は、
棟梁(とうりょう)の第一人者の手になる建造物だという。
欧州の風土におけるモニュメント建造物としてはともかく、
「建築」を直輸入した日本では、たとえ周囲の景観とそぐわずとも
「とにかく目立つ」、そんな現状になっていると感じる。
政治家なりが、自分の時代の業績、と称して建てるこういったコンクリート建造物こそ
、里山の景観を最大限に損ねるもので、「美しい国土」の破壊者なのだ。

せっかくの茅葺(かやぶ)き屋根……。
しかしもしトタンで覆う必要があるのなら、
青ではなく茶色のトタン屋根にしていただきたい――、
ある学生の感想を思い出す。

電柱を地下に埋設し、家並みをそろえて、里山の歴史的景観を保全することは、
その土地土地の文化的なありようを将来に伝えるばかりでなく、
ふるさとを保全することを通じて、
都市の人々の心を癒(いや)す力さえあるように感じるのだが。

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